劇場公開日 2008年9月20日

「夢を持つことは呪いにもなる」アキレスと亀 たまねぎ なきおさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5夢を持つことは呪いにもなる

2025年6月10日
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鑑賞方法:その他

知的

難しい

そんな言葉を北野監督は何度か言っていたが
そういう映画。

売ることを目的として作った作品はアートではない!
自己表現こそがアートだ!と言う芸術家は多いが
作品が評価されない虚しさの隠れ蓑にするには都合に良い信念だ。
アーティストは自分は作品を作ることこそ職務のように考えているが、誰も頼んでいないし、世間が認めているわけでもない

現代では巨匠扱いされている大人物も西洋東洋限らず、時の権力者や資産家や商売人達のサービスやステータスの為にその腕を振るってきた。
特権階級の娯楽や見栄の装飾品としての価値が位置づけられたことで、いつしかアートには価値があるものだと誤解されているがアートという行為や作品にたいした価値はない

いや、
特定の人間にとってだけ価値はあるかもしれないが値打ちはない といったほうが正しいかも知れない。
自我が確立していない2歳の子供ですら何かを表現しようと絵を描くのだから、その活動に特別な値打ちなどない事は最初から分かりきっている事なのだ。

しかし、そこに価値があると信じたい現代の芸術家は子供の落書きとは違うということを証明しなければならず
時に超絶技巧で緻密な作品を作ったり
時に莫大な時間や予算を使い
時には馬鹿にしたような奇抜な物を作る

が、アートや芸術はビジネスではなく自己表現だと言いながら
実に作為的で人為的で商業的な行動の結果、作品を作っているのだから、とんでもない矛盾だ

この映画はその矛盾を写している

真に芸術が自己表現であったならば
わざわざ人と違う物を作ろうとしたり
趣向を凝らした戦略など必要なく、作ること自体がゴールのはずなのだ。
自室で一人で描いて 誰にも見せずに完結すればいい。

しかし、そうはいかない
芸術を欲や承認欲求の発散道具として扱い
本来のソレとはどんどんズレていき
誰にも求められてない物を作っては
誰かに求められようとドツボに落ちていく
夢というよりも呪いに近い

この映画は創作活動を行う人間が何度もぶち当たる矛盾や葛藤についての映画だ
絵を描く事で人からの評価を得られると信じていた少年が褒めてくれる人を失った時に存在意義を失う。
元々は生きる為、喜びの為に描いていた純粋な創作活動が
いつの間にか焦りや不安に飲まれ、まともに生きていくことすら出来ない人間に成り下がり
全てを失い、描くことを辞めることで本来の人間の幸せはどこにあるのか生まれて初めてピントが合う

主人公は最後の最後に目が覚めた

この映画は幸せなのか不幸せなのか分からない

「お前ら才能ねーんだからさっさと諦めろ」という厳しいメッセージを含んでいると同時に
「お前のソレは夢じゃなくて呪いになっちゃってるから目を覚ませよ」
という優しい言葉でもある

一方、創作者でもある監督は
それでも俺はこういう映画を撮るぞ というスタンスを表明しており
芸術や創作活動の呪いや矛盾の解決の仕方を示している

おそらく何かの創作をしていた人にしか刺さりづらい、めちゃくちゃマニアックな題材の映画です

たまねぎ なきお