ラースと、その彼女 : 映画評論・批評
2008年12月9日更新
2008年12月20日よりシネクイント、シネ・リーブル池袋ほかにてロードショー
差し出された手の温かさは、握って初めてわかる
主人公ラースは、肉体的にも精神的にも人に近づかれるのが大の苦手という青年。そんな彼が皆に紹介したガールフレンドは、セクシャルな目的で使用される等身大人形だった、とここまではインディーズ映画によくあるポップなコメディである。だが話は思わぬ方向に展開し、フランソワ・オゾン監督の「まぼろし」を思い起こさせる。
「まぼろし」は突然長年連れ添った夫を亡くした妻が、自分にしか見えない夫の幻影と共に何事もなかったように今までと同じ生活を続けるという話である。これは実際、強い精神的ショックには有効な手段だそうだ。心の回復には複雑な過程があり、ときに奇妙な方法を取る。
脚本家が、葬儀屋を舞台に生と死を真摯に描いた秀作ドラマ「シックス・フィート・アンダー」の脚本家陣の一人と聞いて納得。本作はコミカルなファンタジーの様相を成しているが、その底では生と死の問題をデリケートに扱っているのである。だから登場人物たちの気持ちについて嘘くさい表現が一切なく、下手な親切心や同情心など登場しない。町の人々は勇気をもってラースに手を差し伸べる。しかし手を掴む方には差し出す方以上に勇気が必要だ。人々はそのことを承知したうえで辛抱強く取り組まねばならず、ラースもその大変さをわかっているからこそ、拒否してきた手を握り返そうとする。ものすごくシンプルな一瞬が深いところで感動を呼ぶ、些細だけれど偉大なことを描いた物語である。
(木村満里子)