「映画の神様が微笑んでくれたとしか思えないくらいの名演。しかし長すぎ~。」ぐるりのこと。 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
映画の神様が微笑んでくれたとしか思えないくらいの名演。しかし長すぎ~。
橋口亮輔監督よると「ふたりのドキュメンタリーを撮るつもりで臨んだ」そうです。
作品を見ていると木村多江とリリー・フランクはまるでホントの夫婦が日常会話をしているような錯覚に陥っていきます。
題名の意味は、10年間にわたる主人公の夫婦のまわり、つまりぐるりで起こったエピソードを、1年ごとに追っかけた作品なのです。
ふたりのぐるりを描くことのリアリティある空気感は、群を抜いていて、隙を感じさせません。登場人物にもそれぞれに深入り過ぎない絶妙な距離感を計っており、それが結果として、どの人物にも共感できる仕組みになっているところが、巧みな仕上がりです。
その辺の計算し尽くされた橋口監督の演出は、何もしていないように見えて、すごく細かさを感じさせてくれます。
あの細かさは、木村が演じる翔子に投影されていると思いました。彼女は、何事にもきちんとしなければ気がすまない性分なのです。最初の夫婦会話。帰宅時間が遅いと夫のカナオを責め立てておきながら、「決めたでしょう。だからやるの」と夫婦生活の予定まで決めたとおりでないと気が済まない性格。
余りに唐突でカナオが「いや、この感じじゃ、ちょっと勃たないと思う…」とぼやくのも当然でしょ。
彼女の潔癖なところは、監督のストイックなところとオーバーラップしているのではないかと思いました。何しろ撮影で10キロ近く体重が減ってしまったそうですから、相当なものです。
翔子はその後、身ごもっていた子供が死産すると、仕事も辞めて、ふさぎ込み、カナオにもきつく当たるようになります。
夫婦の再生をうたっている割には、旦那の方は割と順調で、むしろ翔子が立ち直っていくストーリーに成っていると思います。
橋口監督も、前作『ハッシュ』の大成功以降、この作品に着手する6年間の間、ウツになっていたそうです。脚本も監督が手がけているため、『ぐるりのこと』とは、監督自身が立ち直っていく、心の軌跡を綴った作品ともいえるのではないでしょうか。
現在ウツで沈んでいる人が、この作品を見たら、今のままでいいんだねと、すごくホッと安心して、元気になることができるでしょう。それくらい祥子の死産に対する自己否定の思いは激しく、容易に超えられないものなのでした。きっと監督自身も。
演じた木村多江も舞台挨拶で、「翔子は私だ」と思う分、役にスっと入れなくて苦労したそうです。自分にとって苦しかったり、つらかったり、封印していたものを出すまでの、役と自分の見分けがつかなくなる前の段階が苦しかったと語っていました。
彼女が自分を見つけて変化していく様が一番共感を呼ぶところでしょう。
監督の前作『ハッシュ』では、孤独な人たちが一瞬つながる大切さを描かれていました。今回夫婦ものを描いたのは今回はずっとつながっている人たちを描こうと思ったからだそうです。
一方的に感情をぶつけてくる翔子をやさしいまなざしで見つめ、何があっても彼女を受けとめ、支え続ける慈愛に満ちたカナオを見ていると、やっぱり夫婦はいいものだと思えてきます。実際舞台挨拶で、リリーさんも44歳にもなって初めて結婚したい気になったと語られました。
現在倦怠期ぎみのご夫妻やカップルにも、関係を見直すいい作品になると思いますよ。
作品の舞台となるのは、1993年冬から9・11テロに至るまでの約10年間。本作は翔子とカナオの再生のドラマを描きだす一方で、その社会的背景にも静かに迫っていきます。カナオが法廷で目撃するのは、90年代から今世紀初頭にかけて起きた実際の事件とその犯罪者たち。皆さんご存じの事件を彷彿させる法廷シーンが次々出てきます。
カナオの仕事は、法廷シーンを描く法廷画家。テレビ局のお抱えだけに、時として演出されたとおりに絵を手直ししなくてはいけなくなることもあるようです。そんな報道の演出により嘘を書かされることにカナオは疑問を感じ、一度は担当とぶつかりますが、ラストまでだらだらと続けてしまいました。
映画なんですから、もう少しカナオにも波乱があってもいいのではないかと思う展開です。女の子がいるとすぐ口説く癖も、結局浮気シーンもなし。全く模範的な夫で終わってしまったのにはも不満です。夫婦の再生を描く作品なら、一度や二度離婚の危機があってもおかしくはないと思います。橋口監督の描くカナオは、いい加減かつ気ままに生きているようで、いい人過ぎました。
主演二人の演技は、映画の神様が微笑んでくれたとしか思えないくらいの名演でしょう。けれどもさすがに夫婦の日常を2時間20分も見続けさせられると、飽きが来てしまいました。監督の中に、どうしても伝えたいモチベーションが多々あったことは分かりますが、90分くらいに整理した方が、より感動的になったと思います。
但し、試写会では終映後、大きな拍手に包まれたことも報告しておきます。感動作であることには間違いありません。