劇場公開日 2008年2月2日

ラスト、コーション : 特集

2008年2月1日更新

ラスト、コーション」で話題になっているトニー・レオンとタン・ウェイのラブシーンの数々は、映画史に残ることは間違いないと断言できるほど過激で官能的だ。今回は、来日したアン・リー監督の会見での言葉を交えながら、このセンセーショナルな愛欲の物語について探ってみる。また、同時にタン・ウェイとワン・リーホンのインタビューもお届けする。(文:佐藤睦雄)

エロティックな麻雀とベッドの布の上の戦争

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前作「ブロークバック・マウンテン」でアカデミー監督賞を受賞したアン・リー監督の新作「ラスト、コーション」は、中国人女流作家・アイリーン・チャン(張愛玲)の短編小説「色、戒」が原作だ。日本軍占領下の上海で、大学の友人・クァン(ワン・リーホン)に誘われ、抗日運動に身を投じたワン・チアチー(タン・ウェイ)は、特務機関の高官イー(トニー・レオン)の暗殺を命じられる。若く美しいチアチーは貴婦人のマイ夫人だと身分を偽って、虚無的な匂いを漂わせるイーに近づいていく。互いを警戒し合う2人は危険な逢瀬を重ねていく。

2人の“壮絶な”絡みに、観客は固唾を呑むはず
2人の“壮絶な”絡みに、観客は固唾を呑むはず

通俗の極みとも言えるストーリーだが、この映画には「愛」と「欲」が充満している。イーとチアチー、敵同士である男と女の激しいラブシーンが3度ある。1度目は服従、2度目は模索、3度目は理解。その1度目、イーを演じるトニー・レオンはどう猛な虎のようになって、チアチーを演じる新人女優タン・ウェイに、レイプ同然に襲いかかる。そしてしばらくのち、彼女は“本番”が済んだ後のような、オーガスムに達したようなまどろんだ表情でベッドに横たわる。

昨年秋、ベネチア国際映画祭で上映されるや否や、そのセックスシーンにベネチアは騒然となった。結果、金獅子賞(グランプリ)を受賞した。

センセーショナルなラブシーンばかりに話題がいきがちだが、この映画でもっともエロティックなのは、男と女の“視線の交わり”だとオープニングから気づかされる。女性たち4人が他愛もない話をしながら麻雀を打っている。互いに腹の中を探りながらだ。チャイナドレスを着て貴婦人のマイ夫人になりすましたタン・ウェイが、麻雀卓に向かっている。そこに、その屋敷の主であるトニー・レオンが帰ってくる。その時、ロドリゴ・プリエトのカメラは痙攣するような美しさで、2人の視線が交錯するのをとらえるのだ。この視線の交わりによって、2人はやがて「愛」と「欲」の世界におぼれていく。アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」のキム・ノバクとジェームズ・スチュワートの最初の出会いのように、ほんの一瞬だけでいいのだ。

2作連続でベネチア金獅子賞という快挙 アン・リー監督
2作連続でベネチア金獅子賞という快挙 アン・リー監督

12月に来日したアン・リー監督に、記者会見でこんな質問を投げかけた。「オープニングの麻雀シーンから、この映画は“視線の映画”だと気づくわけですが、ロドリゴ・プリエトのカメラワークは素晴らしいの一語です。また、銃声だけ聴かせて、むごたらしい日中戦争を表現しているのに対して、男女のセックス描写はたっぷりあって、官能的に描いています。撮影上、苦労したことは?」

アン・リー監督はこう答えた。「戦争を通して、歪んだ当時の社会情勢を、人間の深層を探求しようとしました。確かに、戦争映画なのに、銃弾は一つも描かれていませんが、実はこの映画のテーマの一つでもある男性と女性の戦争と、日中戦争を描いています。が、よく見ると中国人同士の内戦も描いています。それが麻雀であり、実は、私には演出上、二つの野心があって、それはまさしく麻雀シーンとベットシーンだったのです。

麻雀は中国の国技とも言えるゲームの一つです。四方を囲んでいるのは城のようでもあり、このシーンを私と撮影監督のロドリゴ・プリエトは“内戦”に見立てて撮影しました。アイリーン・チャンの原作の面白いポイントは、女性の視点から男性がいかに戦争に突入していくのかを描いているところで、女性ばかりで麻雀をしているシーンから始まり、彼女たちははっきり言わないけれど、さまざまなことを考えていることが分かります。はたして、イー夫人(ジョアン・チェン)はどれほど内情を知っているのか? この麻雀卓に座っている他の女性の何人がイーと肉体関係を持っているのか? 女性同士の言葉の戦いを通して、男性の戦争を見てしまう。従って、彼女たちの表情やしぐさや所作はとても優雅に見えますが、その言葉の内容を吟味すると、非常に激しい攻防戦を繰り広げている。これが映画そのものです。それゆえ、私は麻雀のシーンをうまく撮り上げてみたいと挑戦しました。

麻雀シーンの絡み合う視線に潜む官能
麻雀シーンの絡み合う視線に潜む官能

また、麻雀卓にはテーブルクロスが敷かれ、ベッドにはベッドシーツが敷かれます。それぞれの布の上で違う世界があり、ベッドシーンでは占領と非占領の形で、男女の関係を描いています。またヒロインは、マイ夫人という嘘の身分を借りて、イーに近づき、セックスを通して、イーに認めてもらいたいと願います。ある種の愛や情の部分を認めてもらいたいと思い、最終的にはその目的を達成します。そのために、ベッドシーンは重要であり、ここで描かれるのは“色情”だけではなく、人間の感情を込めた“色相”を描いています。だから、ベッドシーンはどうしてもきちんと撮らなくてはならないと思い、12日間、非常にプライベートな環境の中で、全員で努力してこのシーンを撮影しました。

また3つのベッドシーンを通して、それらを表現できたことに、私たちの素晴らしい俳優たちにお礼を申しあげたいです。自分を犠牲にして、このような素晴らしいシーンを演じてくれました。この3つのラブシーンは、究極のパフォーマンスです。映画の中で、真実とは何か、虚実とは何かということは、言葉で表現することはなかなか難しいものですが、俳優たちの究極のパフォーマンスを通して表現しようと試みました」

麻雀シーンとベッドシーンの官能的視線を、大いにくみ取ってほしいと思うのだ。

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