スピード・レーサー : 映画評論・批評
2008年6月24日更新
2008年7月5日よりサロンパス・ルーブル丸の内ほかにてロードショー
“重力からの解放”と“速さの極限”を目指すことの快楽を体感させてくれる
遂に重力から解放され、疾走するレースカーの速度は観客の動体視力の限界に挑む。世界の彩度と輝度は極限まで高まり、人間の可視域を超える。それら、網膜と鼓膜が受け取る刺激のすべてを、ただ受け入れる。すると、ある種の化学物質を静脈に直接注入したかのような目眩く快楽が五感を充たすのが分かる。「速度」という名の主人公が操るのは自動車ではなく、これはカーレース映画ではない。これは、重力から解放されること、速さの極限を目指すことの快楽を体感させてくれる装置なのだ。
製作者ジョエル・シルバーが代弁する今回のウォシャウスキー兄弟のコンセプトは「ライブ・アクション・カートゥーン」=実写アニメ。その意図通り、「マトリックス」とも「300」とも異なる方法論による、実写でもアニメでもない映像世界の創造に成功している。そのうえで、胸を打つ感動もある。なぜ自分は走るのかを自問する主人公が最後に見つけた答は、見る者の胸を熱くするのだ。
さらに、昔の日本アニメ特有の背景の省略や、装置類の古風なデザインなど、日本アニメの雰囲気を知る観客のほうが楽しい演出が続々。最後に流れるオリジナル主題歌のHIP HOP版にも日本語が登場。これもウォシャウスキー兄弟の原作への敬意、原作を産んだ国の観客へのプレゼント。おいしくいただこう。
(平沢薫)