ロビン・フッド : 映画評論・批評
2010年11月29日更新
2010年12月10日よりTOHOシネマズ日劇ほかにてロードショー
英国人監督リドリー・スコットの美意識が詰まった新しい「ロビン・フッド」
「グラディエーター」「キングダム・オブ・へヴン」を撮ったリドリー・スコットが、なぜまた同じジャンルの「ロビン・フッド」を撮らなくてはならなかったのか。
その理由は本作を見れば分かる。この3作は、ローマ帝政崩壊の萌芽に始まり、十字軍遠征の功罪を経て、最終的に立憲民主主義の誕生に収束する、壮大なヨーロッパ史3部作になっているのだ。10年前の「グラディエーター」でローマ帝政に反逆する男を演じたラッセル・クロウが、本作で演じるのは中世封建制度に反旗を翻す男。クロウの役柄はきれいに「対」になっている。「グラディエーター」公開直後から続編の噂はあったが、それがこうした壮大な形で実現したとも見えるのだ。
もうひとつの動機は、“オレなら英国をこう描く”という英国人監督によるお国自慢ではなかろうか。まず、いい役を演じるのは、いかにも英国風な偏屈で味のある老人たちばかり。主要登場人物はみな壮年以上で若者はいない。そして色調は、英国の曇天と冷気だけが生み出す独特のもの。村の建造物や古い剣の造形にはケルト文化の名残がある。こうした細部まで行き渡る監督の美意識が、骨子は単純なこの物語に、深い奥行きを与えている。
クライマックスに海辺の攻防戦を持ってきたのも“海の覇者”英国の誇り故だろう。そして、「プライベート・ライアン」の上陸場面のリドリー・スコット版ともいうべきこの場面では、跳ね上がる水しぶきの形状までが、物理法則ではなく、監督の美学に沿って変貌するのだ。
(平沢薫)