ミルク : 映画評論・批評
2009年4月14日更新
2009年4月18日よりシネマライズ、シネカノン有楽町2丁目、新宿バルト9ほかにてロードショー
世界を軋ませるその音に、カメラがそっと寄り添っている
近年のガス・バン・サントは、オレゴン州ポートランドを拠点にして小さなプロジェクトの親密な映画作りを行ってきた。ほんの些細な空気の変化や主人公たちの気分の高揚や停滞を静かに見つめる繊細な視線が、そこにはある。それは商業映画とはまったく違う時間の中に、私たちを静かに溶け込ませてくれた。
本作は久しぶりの、ハリウッド作品。商業映画の形式に則っての「大衆」に向けての作品である。と同時に、同性愛者であることを公表してアメリカで初めて公職に就いた男が主人公という、マイノリティを見つめる親密な視線がこの映画を支えている。大衆に向けての大きな形式を、繊細で親密な視線が作っていく。そういった「大衆」と「マイノリティ」の関係こそが、アメリカ合衆国という国を作り出しているのだということが、この映画を見るとわかる。
主人公を演ずるショーン・ペンの過剰にひりひりした演技は、アメリカ70年代のシステムの中でたったひとり身震いしながら生きた男の崖っぷちの身もだえの、その震えの音のようでもある。アメリカ合衆国を作った痛みと悲しみと苦しみと怒りと愛とが溶け合ってひとりの男となり、世界を軋ませる。その軋みの音に、カメラがそっと寄り添っている。私たちはそれを聞くようにして見る。そんな映画だ。耳から涙が出る。
(樋口泰人)