「空っぽじゃないぞ~。主人公の心理描写に奥深さを感じました。」NINE 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
空っぽじゃないぞ~。主人公の心理描写に奥深さを感じました。
本作は、2009年のアメリカ映画。フェデリコ・フェリーニによる自伝的映画『8 1/2』をミュージカル化し、トニー賞を受賞した同名ブロードウェイ・ミュージカルを映画化した作品です。
『シカゴ』と比べて、派手なミュージカルシーンが押さえられている分、登場人物の心理描写を深くえぐり出した、セリフ劇を堪能することができました。
とにかく出演者がゴージャス!駄作になる余地はあまりありません。主人公の映画監督グイドを演じるのはアカデミー賞を2度受賞した名優ダニエル・デイ=ルイス。その他、主人公を取り巻く女性たちをマリオン・コティヤール、ペネロペ・クルス、ニコール・キッドマン、ケイト・ハドソン、ジュディ・デンチ、ソフィア・ローレンらアカデミー賞受賞経験者がきら星のように登場する作品なのです。
なかでも、冒頭からしていきなりでした。映画監督グイドは、新作「イタリア」の制作進行に行き詰まり、セットを前にした撮影所で独り孤独に物思いに耽っていたら、突然その場でミュージカル仕立ての「イタリア」が始まるのです。
その静と動の落差に圧倒されました。このシーンは、もちろんグイドの空想であったのですが、同時にこれから始まる『NINE』のミュージカルシーンを期待されるのに充分なプロローグでした。
さて問題は、なぜグイドは脚本を全く書かずに、撮影に入る暴挙に出てしまったのでしょうか。それは才能にうぬぼれていたのではなかったのです。これまで9本の作品がぶっつけで何とか成立し、この世界の巨匠と呼ばれるところまで上り詰めたのも、妻ルイザの献身的なサポートがあったからなのです。
ところがグイドは、これまでオフには猟色趣味に近い女あさりを重ね、撮影に入ると家庭はそっちのけで仕事一徹にのめり込むという性格だったのです。そんなグイドに、ルイザとうとうに愛想を尽かしてしまったため、サポートが受けられないグイドは進退が窮まってしまったのでした。
大監督が、そんな愚行を重ねるものかと疑問を持たれるでしょう。しかしストーリーをよく見ていると、わざと自身をそんな困難へと追い込んでいる感じでした。
一見ちょい悪オヤジのプレイボーイぶりと取り巻く女達の物語に見せておきながらも、苦悩と孤独に満ちた男の内面を掘り下げているところに、深く共感出来ました。
グイドの自己破滅願望は、やはり少年時代のトラウマが原因だったようです。
グイドは知人にこう告白します。自分は外見は50歳のオヤジだけど、内面は10歳の少年のままなのだと。そして劇中に、グイド少年が登場して、いかに自分が母親に認められて欲しかったか空かしていくわけです。
言葉に出さなくても、母親からもっと愛されたい。その愛を独占したいという想いがひしひしと伝わってきました。
大人になってからは、きっとその愛の対象が、ルイザに変わっていったのでしょう。病気のような女遍歴も、リスキーな仕事の入り方も、形を変えたルイザへの求愛であり、独占欲の裏返しだったのでした。
皆さんの中でも、愛されたいと思うあまりに、その相手が心配することをわざとやらかして、注目されたいと願うことは、しばしばあったことでしょう。
愛されたいという想いのなかに、失敗や不幸を引き起こす『幸福になれない症候群』が潜んでいます。
10歳の少年期から、心のどこかに満たされない想いを抱いてきたグイドにとって、映画とは現実生活の孤独から逃避する世界だったのでしょう。
だから妻ルイザを失い、映画撮影も中止した後のグイドは、本当に抜け殻のように佇んでいました。その哀愁ぶりが、この作品に素敵な陰影を醸し出していると思います。
ただここで終わっては、タイトルが『EIGHT』になってしまいます。
出演者総出の劇中映画『NINE』行き着くまでのラストはぜひ劇中で味わってください。 ただ言えることは、グイドは今の現実の自分に素直に向き合うことで、初めて気負いなくメガホンをとれるように変わっていたのでした。
さて本作のシナリオパートは、グイドの孤独を軸に、シリアスに展開していきます。これとは対照的なのがミュージカルパート。特にグイドの愛人カルラが誘惑する場面でのダンスは超セクシー。そしてルイザも夫への想いと悲しみを情熱的に表現します。女優パワー全開のようなシーンでした。
グイドを取り巻く3人の女性の中でも、グイドのミューズといってもいい常連の主演女優ステファニーは、ちょっと事情が変わっていました。彼女もグイドに求愛するのですが、その反面知っていたのです。映画の中でしか愛されないことを。その切ない気持ちをステファニーが歌い上げるところでは、気持ちがクグッと伝わってきました。
『シカゴ』のように音楽でグイグイ引っ張っていくミュージカルと違って、台詞が多い作品です。その分ストーリーが掴みやすくて、登場人物に感情移入してしまうことでしょう。ミュージカル映画が苦手な人の入門作品としても、お勧めです。
さてさて、ルイザが夫に決定的に失望したは、自分への口説き文句と同じ言葉を他の女優の卵にも使ったからでした。君だけは特別だよという口説き文句は、仕事にせよ、交際にせよ、使いまわすモンではないものだなと本作でつくづく思い知らされましたね。