「人間の薄っぺらい倫理観の仮面を剥がすイヤな映画」第9地区 いおりさんの映画レビュー(感想・評価)
人間の薄っぺらい倫理観の仮面を剥がすイヤな映画
舞台は南アフリカ・ヨハネスブルグ
巨大な宇宙船が何故か停止
やむなく難民として保護され
紆余曲折の共存により20年間で180万に膨れ上がったエイリアン
人類は手狭になった難民キャンプの移設に着手する
ポスターからしてインパクト大
スラム街の上に浮かんだ巨大UFOと
“エイリアンお断り”な標識
ドキュメンタリータッチで描かれ
もうこの荒唐無稽極まりなく妙な設定
オマケにSF嫌いなハズのアカデミー賞にノミネート
このインパクトが好奇心をゴリゴリ刺激
オレのハートはガッチリ鷲づかみされてしまった
その感想を端的に言えば、期待裏切らずなかなかの傑作
例えるならば、SF版カフカの「変身」とも言うべきか
手の込んだ現代社会に対するとーってもイヤミな映画だった
まず驚かされたのはその斬新さ
マイノリティへの差別や筋肉バカな軍人は「アバター」
モビルスーツなマシンは「トランスフォーマー」
デッカいUFOは「インディペンデンス・ディ」
肉体の変身は「ザ・フライ」
既知の映画に似た部分もあるが、違うのはエイリアンの設定だ
だいたい人類以上に文明と力を持っており
侵略するか力を見せつけるかのどちらかで
主にその舞台はニューヨークなどのアメリカ主要都市だ
しかし本作ではそんなステレオタイプなイメージとは大きく違う
「エビ」と渾名され、難民として人間様に虐げられ
好物はネコ缶とゴムという貧相具合
風貌も手足が細くゴキブリのようでかなりキモい
ゴミ山を漁る姿はとにかく不衛生で野蛮で弱々しい
それに対する人間も当然のごとく偉そうに振る舞う
おおよそ畏敬の念を抱いて恐れることなど微塵も無く
とにかく徹底的に上から目線
典型的なのが主人公ヴィカスという男
勤務する会社の要職者の娘と結婚し
本件責任者に任命されてちょっと調子に乗っている
でも、おおよそありがちで平凡な人間である
この関係は、今まで人類が行なってきた人種差別のメタファーだ
差別はいけないなんて小学生でも知っていることであり
理屈では誰もがわかっているはずだ
だから、現実にある差別をテーマに描くと
誰もが声高に差別はいけない!と言うに違いない
ところがこの映画、そんないい子ちゃんな観客の仮面を剥がしにかかる
「差別はいけないって言うけどさ
こんなエイリアンでも同じことが言えるのかい?」
まず、ドキュメント風にして作られる妙なリアリティ
舞台を南アメリカにしてアパルトヘイトを髣髴とさせ
エイリアンを野蛮で風貌をグロくして、わざわざこちらの不快を煽り
変身していくヴィカスの家族の視点も加えて嫌悪感を刺激する
その結果、エイリアンが駆逐されることよりも
人間が傷つくことに対しより抵抗を感じさせる
あえて人間をグロく傷つける描写があるが
これはエビに対して人間がしたことの裏返しを強調していると思う
今まで差別される側だった有色人種のめんどくさそうな言葉がキツイ
「あんなエイリアン隔離しちまえよ!」
おいおい、お前がそんなこと言うのかよ!
それらは観客の内に秘められた差別を掘り起こし
軽々しく差別反対なんてキレイゴトを言うな!と煽る
なかなかイヤらしいですな、この手法
そのための材料となった不幸なヴィカス
虐げていたエビの身になって、心から彼らの苦悩を理解する
その心境はあのカフカの「変身」、グレーゴル・ザムザに近いものだろう
虫に変身したザムザは、妹のグレーテにだけは同情されているが
ついに訪れた彼の死は、その妹にさえ安堵をもたらすという悲しいものだ
さて、本作のヴィカスの運命は果たしてどうなるだろうか?
今まで、海外の情報を見て知った気になっていた人種差別を突きつけられ
オレの薄っぺらな倫理観というか道徳で守っていた仮面は剥がれかけている
正直、理屈で判っていてもヴィカスのように彼らを差別をしないという自信がない
そんな虐げられていたにもかかわらず
仲間を想い、敵だったヴィカスに手を差し伸べられるエビ 「クリストファー」
そんなグロい風貌の彼、人間に例えるとネルソン・マンデラになるだろう
見ごたえのある映画だった