「失ったものは何か」愛を読むひと こもねこさんの映画レビュー(感想・評価)
失ったものは何か
人生の先輩という方は、よく、「人生で学んだものや経験したものが蓄積されて人は大きくなる」と言われる。しかし、ある程度人生を過ごしてくると、蓄積しているもの以上に、人は生きていく中で多くのものを失ってきていることに気づかされる。それは、お金などの実体のあるものだけでなく、人への憎しみや優しさ、愛情などの大事なものもある。この作品は、人生の中で愛情の「情」は残ったが「愛」を失った男の物語である。
主人公の男は、高校生の頃、年上の美しい女性との逢瀬を楽しむ、愛のひとときを過ごす。しかしある日、年上の女性が忽然と目の前から消えて、その愛が終わる。それから何年か過ぎた頃、法律を学ぶようになった男の前に、ナチ戦犯の被告としてふたたび、その年上の女性が現れる。男は、その女性を助けたいと思うが踏み込めない。それは、あの日を境に愛が断ち切られていたからだ。しかし、情は残っていたがために、刑務所に入ったその女性を陰ながら手助けをする。この失った愛と、残った情を監督のスティーブン・ダルトリーは、対象物を描くように観客にきめ細かく演出して見せる。
だからなのだろうか。この作品の中のひとつひとつのシーンで、自分ならどうするだろう、と思うことが何度もあった。特に、ラスト近くになって以前は愛し、情は残っていた女性が刑務所で出会うシーンでは、抱きしめるのか、無言で見つめあうだけになるのか、男に自分を投影して、映画とは別な思いが募るばかりだった。その意味で、この作品は見る人の心にグッと踏み込んでくる、鋭さと重さがある。そして、見終わったあとに自分がこれまでの人生で何を失い、何を得ていたのかが見えてくるような気がする。この作品は、人それぞれの人生の深遠にあるものをとらえ、見る者の心に深く刻みこまれる名作の一本ではないかと思う。