「別エンディングを見た上で」アイ・アム・レジェンド アボカド夏子さんの映画レビュー(感想・評価)
別エンディングを見た上で
2019年になって、アマプラにこの作品の別エンディング版というものがあるのを知り、
懐かしいな〜と思って観てみることにしました。
本編を観たのが10年以上前のことだったのですが、
冒頭のストーリーや雰囲気はなんとなく記憶にあり、結末だけ
すっぽりと記憶が抜け落ちている状態でした。
ここからはネタバレになりますが、本編と別エンディングの両作品を比べて、
私個人としては別エンディングの方がしっくりと来るような感覚でした。
というのも、公開された本編では伏線の回収漏れが多く、
いまいち意味が理解しきれず、ネビルの死と完成した特効薬にゴリ押しされた
勢いだけのハッピーエンドという感じで、どうにも感動しきれない感じがしていました。
当時はまだ私自身幼かったこともあり、違和感の正体に気づけませんでしたが、
この映画の他の方のレビューを観ていると、みんなが感じていたものだったのだな、と思います。
とはいえ、どちらの作品でも共通の序盤から中盤にかけてのストーリーはとても好みでした。
ネビル以外の人間が存在するのかもわからない世界で親友のサムとともに
逞ましく生きているように見えて、その言動ひとつひとつがどこか狂気的にも見え、
今にも崩れ落ちそうな精神を必死で保っているような痛々しさ。
ストーリーの合間に挟まれる感染当初の回想でネビルが受けた大きな傷。
自分自身の死や、本当の孤独に対する恐怖など、
主演のウィル・スミスの演技力あってこその世界観が印象的で、
だからこそ10年経った今もなんとなく面白い作品だった気がする程度には記憶に残るものだったのでしょう。
そして、別エンディングの結末を簡単に説明すると、
ダークシーカー(感染者)たちの群れに襲われ研究室に逃げ込んだネビルとアナとイーサン。(ここまで一緒)
そこにはネビルがとうとう作り出した特効薬によって人間に戻りかけている実験体が。
ネビルはガラスの扉を破ろうとするダークシーカーのリーダーに「助けてやれる」と語りかけます。
必死の説得は通じることなく、扉が破られそうになったとき、
リーダーは突如、頭突きをやめ、その手をガラスに擦りつけて「蝶々」を表します。
ネビルは自分のそばにある実験体の首もとを見て、そこに蝶の刺青があることを知ります。
そして、ダークシーカーの意図に気づき、扉をあけて実験体をもとのダークシーカーに戻し、
ダークシーカーのリーダーに彼女を返します。その実験体はダークシーカーのリーダーの恋人でした。
知能も感情もないと思っていたダークシーカーには確かに社会性や、親愛の感情があったのです。
ネビルはこれまで実験のために大量のダークシーカーを殺してきました。
「すまない」と謝り、死を覚悟していたネビルを、ダークシーカーたちは殺さずにその場を去りました。
世界を救うために3年間孤独に生きてきたネビルはとうとう特効薬の研究をやめ、生存者の村を目指すことにしました。
ラストシーンでは3人で車に乗り、アナがラジオでどこかにいるかもしれない生存者に語りかけます。
「あなたは独りじゃない」と。
こんな感じです。全然簡単にじゃなかった。
別エンディングが本来公開される筈だったもので、試写会で不評だったためにエンディングを変更され、
あの奇妙なハッピーエンドが制作されたそうですね。
まぁ、確かに、ネビルが家族を失い、親友のサムも失い、3年間も孤独に戦い続け、
その結果にやっと作り出せた特効薬はもはや人類の希望ではなく、
この世界はすでにダークシーカー(感染者)のものとなっていて、その仲間を殺し続けたネビルこそが
実は怪物のような存在だった、なんて、あまりに報われない話だと思います。
当時の方々は孤独に戦い続けるネビルに英雄になってもらうラストを願ったのでしょう。
とはいえ、なぜ知能のないはずのダークシーカーがネビルを罠にかけることができたのか、とか、
ネビルが自殺行為に走った時、ダークシーカーの群れを統率するような動きをする個体の存在は何か、とか、
どうしてダークシーカーはあんなにも執拗にネビルのことを追ってくるのか、とか。
もうちょっとうまく説明した上でうまくまとめられなかった?とは思いますが。
ですが、そこを説明してしまうと、知能を持ち、社会性を持った生き物を
無理やり人間に戻す、というただただ利己的なエンドになってしまってそれも良くなかったのかな。
わかりやすいエンディングにするなら、もはやダークシーカーに知能があるような描写ごとなくせばよかったのに。
でもそれをしてしまうとサムの最期のシーンが、、、ジレンマですね。笑
うん。とにかく、別エンディングでいろいろと納得がいってよかったです。
ネビル生存ルートだったのも救いでした。
まぁ、ダークシーカーが進化し続ける以上、いくら感染の届かない場所と言っても
いずれ待ち受けるのは人類の絶滅と、ダークシーカーたちの世界でしょう。
それは絶望というよりは世界の摂理で、人間がこれまでやってきたことの立場が変わっただけです。
その引き金を人間自ら引いてしまったというのが皮肉めいていて、個人的には好きです。
原作ではネビルはダークシーカーの裁判にかけられ、有罪となり、
そこで「自分こそが、ダークシーカーたちにとって伝説(の怪物)だったのか」と気づくそうです。
結末の改変により、タイトルの意味まで180度変えてしまった作品だったのですね。
どちらの結末も否定はしません。希望のあり方が違うだけだと思います。
でも、やっぱり作品として筋が通っていて完成されているのは別エンディング版かな、と。
10年の時を経て、本来の姿を知ることができてよかったです。
というわけで、この作品に精神力削られたあなた、
ウィルに幸せになってほしいあなた、
わかりやすいハッピーエンドがお好みなあなたは「ハンコック」を観ましょう!!
おわり