「これはホラーじゃない、女性映画だ!」ローズマリーの赤ちゃん Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
これはホラーじゃない、女性映画だ!
ホラーの金字塔として、そのジャンルの古典として知られているが、私はこの映画をホラーではなく、ファッショナブルな女性映画と見た。ぜひ女性に見てもらいたい作品なのだ。もちろん、ホラーとしての要素もたっぷり、ラストシーンもとっても怖い。(もちろんこの時代の作品なので、流血、はらわたドバドバのスプラッタシーンは一切ない)しかし、私はやはりこの作品は女性のための映画だと思う。この作品には、女性の心を捕らえる要素がたくさんある。まずひとつはファッション。ヒロイン、ローズマリー(ミア・ファロー)のファッションがとにかく可愛い!この時代のファッションは、まさに現在に通用する。お金持ちが着る豪華なドレスではなく、あくまで庶民の日常着である。すぐにでも真似できる、ぜひ参考にしたいファッション・センスである。次はインテリア。これもものすごくオシャレである!主人公夫婦の越してくるアパートはニューヨークの古いアパートである。(実はこのアパート、実在のものである。あのジョン・レノンが住んでいたことでも有名なダコタ・アパート。『ブレード・ランナー』の撮影にも使われたらしい。)まさにホラーにうってつけのゴシック・ロマン風の建物だ。家具も古い。しかし、若い夫婦はそこを明るくて清潔なモダンな部屋に改装する。暗い壁は清潔な白に塗り、淡い色合いの壁紙を貼る。前住人(悪魔によって殺されたのだが)の残した古い家具は処分して、雑誌を見て真似たという流行の家具であふれる。この当時の流行のインテリアも、ファッションと同様に今でも通用する。かわいい刺繍のクッションや明るいストライプのリネン類など、私もほしいと思うものばかりである。このいかにも悪魔が住んでいそうなクラシカルな住人の部屋と、幸せな生活を夢見る、希望にあふれた若い夫婦の部屋との対比が、逆にジワジワとした怖さを醸し出す。白や黄色に囲まれた、本当に明るい部屋の中で、ローズマリーの不安が際立つ。悪魔は普通の生活に入り込むのだ…。次は“母性”。妊娠している母親の強い母性。女性なら誰でも共感するはずである。現に、結婚も妊娠も経験のない私でさえ、ローズマリーの母性に共感してしまった(改めて母性本能が女性の遺伝子にくみこまれていることを認識させられた)。女は結婚して“妻”になるが、妊娠した途端に“母”になる。男性は「あたりまえじゃないか」と思うかもしれないが、これはとても重要で大きな違いなのだ。子供に対する並々ならぬ愛は夫に対する愛と比較にならないほど大きい。おなかの子を愛するあまり、不安やストレスがたまって精神に異常をきたす母親のなんと多いことか。この映画の悪魔という存在も、妊娠によるストレスで、ローズマリーが作り出した妄想と受け取れないことも無いのである。現に、悪魔教以外の人物は誰もローズマリーの言うことを信じなかった。一種の妊娠によるノイローゼと思うだろう。誰も助けてくれない恐怖。誰も(夫さえも)信じられない恐怖。もし初めての妊娠で不安な時、頼みの綱である夫や産婦人科の医師さえも信じられなくなったら…。ローズマリーの体験する恐怖はこれである。自分が悪魔に狙われる以上の恐怖。強い母性があるからこそ陥る恐怖。そして彼女は悪魔の子供を産む。必死に守りとおした子供が悪魔だったとは皮肉である。しかし私はこれを悲劇とは思わない。それは衝撃的なラスト・シーンの彼女の表情から読み取れる。生んだ子供が悪魔だったことを知り、初めはショックを受けるが、彼女はそれを受け入れるからだ。悪魔の身体をもつ赤ん坊に微笑みかけるのだ。私はこのラスト・シーンがとても好きである。偽善的なストーリーなら、悪魔の子供を殺してしまうだろう。あるいは殺そうとした所が逆に自分が殺されるというありがちなラストになるだろう。しかしそうはならなかった。彼女は悪魔の子供を受け入れた。たとえどんな様相をしていても自分のおなかを痛めた子供である。これから彼女は全身全霊をかけて悪魔の子供を守り、育てるだろう。彼女は強い母になるだろう。それが女なのだ。理性では押さえられないそれが母性なのだ。私はそんな彼女に拍手を送りたい。悪魔の母になることを選んだ彼女に。そんなりっぱな彼女に比べてみじめなのは夫(ジョン・カサヴェテス)である。自分の出世を代償に悪魔と契約してしまった夫。成功は手にしたが、彼は妻も子も永遠に失ってしまうのだ。妻はそんな夫を永遠に許さないだろう。彼女は一人で子供を育てることを選んだのだがら・・・。