「さらば青春の光。 世界の映画界を震撼させた“スコティッシュ・インヴェイジョン“の衝撃を観よっ!」トレインスポッティング たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
さらば青春の光。 世界の映画界を震撼させた“スコティッシュ・インヴェイジョン“の衝撃を観よっ!
ヘロイン中毒の青年たちの人生を描いたクライム・コメディ映画『トレインスポッティング』シリーズの第1作。
“豊かな人生“に背を向け、薬物に溺れるスコットランド人の青年レントンは仲間たちと共に自堕落な生活を送っていた。ある日、彼は意を決して薬物から足を洗う決意をするのだが…。
監督は『シャロウ・グレイブ』の、後のオスカー受賞者ダニー・ボイル。
主人公マーク・レントンを演じるのは『シャロウ・グレイブ』の、名優ユアン・マクレガー。
第49回 英国アカデミー賞において、脚色賞を受賞!
ダニー・ボイルとユアン・マクレガーの名を世に知らしめたカルト的名作。
監督以外のメインスタッフ、メインキャストはほとんどがスコットランド人で撮影もグラスゴーで行われている、由緒正しきスコットランド映画である(メインキャストではシック・ボーイを演じたジョニー・リー・ミラーが唯一のイングランド出身者。ボンドマニアのシック・ボーイだが、実はミラーのお爺さんは『007』シリーズの初代“M“を演じたバーナード・リーだったりする)。
制作費はわずか150万ポンド(大体225万ドルくらい?)でありながら興行収入は7,200万ドルを超え、批評家からの評価も高く、“ブリティッシュ・インヴェイジョン“、いやさ“スコティッシュ・インヴェイジョン“を全世界に巻き起こした。
“ゴッドファーザー・オブ・パンク“ことイギー・ポップの「ラスト・フォー・ライフ」(1977)をBGMにして、警備員から全力疾走で逃げる若者たち。そこに“豊かな人生“を否定し、ただ“破滅的な快楽“のみを求めるレントンのナレーションが重ねられる。このOPからしてもう名作の匂いがぷんぷんっ。ヘロインに身を委ね、真っ逆さまに奈落の底へと落ちてゆく若者たちの青さや愚かさを一発で観客に分からせる素晴らしい幕開けです。
薬物、アルコール、暴力、貧困、セックス、HIVと、描かれている内容はなんともヘビー。閉鎖的なムラ社会に囚われた主人公が済し崩し的に身を滅ぼしてゆく、絶望感に満ちたストーリーである。
それだけ聞くといかにも暗くて辛気臭い映画のように思えるが、その内実は非常にポップ。奇想天外な編集、往年の名曲からテクノまで幅広いジャンルが用いられた劇伴、キューブリックを彷彿とさせる挑戦的な画角、瑞々しい俳優たちのアンサンブル、ニヤリと笑えるブラックなユーモアなど、どこまでもオシャレで楽しい映画に仕上がっている。
決して説教臭くはないが、薬物の恐ろしさは怖いほどに伝わってくる。そのバランスが見事。特に、レントンにヘロインの離脱症状が襲い掛かるシーンなんてどんな薬物乱用防止啓発ビデオよりも強烈で、この悪夢的映像を見させられたらイキッた不良もつい尻込みしてしまう事だろう。
押し込められる子供部屋の幼稚な電車柄の壁紙が、またあのシーンのエグみを増幅している。天井を這う赤ん坊の人形もあえてチープに作られており、それが逆に恐怖心を煽る。この様なセットや小道具への確かな目配せもこの映画の美点である。
中盤、ヘロイン仲間の赤ん坊が亡くなるところから物語のカラーがよりダークに変化する。結果的にそれがクライマックスの薬物売買へと繋がってゆく訳だが、この「最後に一山」と言わんばかりのサービスが無くても本作は十分に成り立っていると思う。こういう山場がないと映画を終わらせられないというのは分かるのだが、少し製作者の作為が見えてしまった。
ただ、この映画のラストシーンは素晴らしい。仲間を裏切り、1人静かに金を持ち逃げするレントンは、ナレーションで“破滅的な快楽“から卒業し“豊かな人生“を歩んで行くことを宣言する。BGMには当時のレイヴ・カルチャーを象徴するかの様なエレクトリック・ミュージック、アンダーワールドの「Born Slippy Nuxx」(1996)が流れている。
貧しい故郷から豊かな都会へ、スコットランドからイングランドへ、青年から大人へと遷り変わるレントンを、OPと完成に対となる映像と音楽により鮮烈に描き出す。パンクからレイヴへとポップカルチャーが移り変わる様に、人もいつまでも同じところに留まっている事は出来ない。それを伝えるこの演出の妙!これぞ映画だ!!
『さらば青春の光』(1979)にも似た、切ないながらもどこか爽やかな“敗北“の物語。しかし、果たして主人公はこの後本当にクスリから足を洗う事が出来るのか。意思薄弱なレントンの姿を見るに、それは到底不可能な様に思えてしまう。
この映画は最初から最後までクズはクズのまま、という非道徳的な人物描写が為されているが、そこが薬物中毒患者のリアルを映し出しているといえる。ドラッグ汚染は安易な綺麗事で済まして良い事案ではないことを、ちゃんと製作陣はわかっているのだ。
その証拠に、脚本家のジョン・ホッジはなんと元お医者さん。本作に登場する看護師さんたちは、彼のかつての同僚だったホンモノの人たちなのである。退廃的な映画だが、ドラッグを礼賛する内容では無い事は明確であると言えよう。
世界的に有名な俳優は誰1人として出演していない。後にジェダイの騎士となるユアン・マクレガーも当時はまだまだ駆け出しの若手俳優だった。しかし、キャストたちの演技は堂に入っており、スコットランド俳優たちの層の厚さを感じさせる。ちなみに、スパッドを演じるユエン・ブレムナーは映画に先駆けて上演された舞台版ではレントンを演じていたらしい。一体どんな感じだったのか全く想像がつかない…。何はともあれ面白いキャスティングである。
ユアンもユエンも見事だったが、最も目を引いたのはヒロインを演じたケリー・マクドナルド。本作で映画デビューを果たした彼女だが、たまたまバーでチラシを見てオーディションに参加したという、正真正銘の素人だったというのだから驚く。しかしながら、スクリーンの中の彼女は他のだれよりも魅力を放っており、スター性はピカイチ。こんな女の子が偶然オーディションに現れるなんて、奇跡としか言いようがない。その後の大活躍も当然だと思える、堂々たる初陣である。
タランティーノの『パルプ・フィクション』(1994)、フィンチャーの『セブン』(1995)、そして本作。94年〜96年にかけて生み出されたこの3本が、後の映像表現に革新をもたらした事は間違いないだろう。今なお強い影響力を有するクール御三家の一角、映画ファンとしてこれを観ないという選択肢はあるまい。
薬物の恐ろしさと若さの愚かさ、そして成長するためには故郷や友人を切り捨てることも必要だという教訓が詰まった名作。10代の少年少女たちにこれを観せなければなりません!
※Blu-rayの特典映像になぜかノエル・ギャラガーへのインタビューが…。作中で使用されたのはオアシスじゃ無くてブラーじゃねぇか!いい加減にしろっ(まぁデーモン・アンバーンもインタビューに答えてはいたんだけど)!!
ノエル兄貴も流石にこの映画を観た後じゃ「テメーらエイズで死ねっ!」とは言えない…よね?