草原の輝きのレビュー・感想・評価
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アメリカのアオハル、逸品。貞操観念が日本的なところも共感したのかも...
アメリカのアオハル、逸品。貞操観念が日本的なところも共感したのかも。ラストがなんとも切ない。初恋、燃えるような恋の結末って…なんか激しく共感(笑笑)
草原の輝きは戻らず 花は命を失ったが
嘆くことはない 残されたものに力を見いだすのだ
「エデンの東」の監督か、なんか分かる。名匠なんですね、他作も見てみたい。
珠玉の恋愛文学
わが娘に会いに行ってきた。
「失恋した」とのことだったので。
クラッシックな文学作品なのだが、その古臭さがこんなにも今の世に清々しいのだ。
時代なのだろう、
過干渉の親のもとで育ったバッドとディーニー。
若さゆえの激情とモラルの間で苦悩する二人なのだが、そのような息子と娘を持つ二組の親たちの“子育ての物語”でもある。
家族構成は
・良妻賢母の自己抑制と、代々の臍(へそ)の緒のつながりに価値を求めて娘にすがり付く女親たちと、
・良かれと信じ込み、自らのポリシーと支配の轍を息子にたどらせようとする単純脳の男親と。
そしてもうひとり
・そんな親子たちの有り様を冷ややかに眺める“脱落者”=金髪のジェニーと・・
急転直下、
会社が破産し、子供たちが“破局”に向かってしまって初めて、親たち自身も気付く。自らもその親たちから受け継いできた「人生のレール」にあった事に気付き、押しつけられてきたレールを客観的に言葉に出来て、親たちもやっとそれを自覚するのだ。
そのシーンが良い。
精神科医との対話で「自分の親も他の人たちと同じ人間だったのだ!」と初めて目からウロコが落ちるディーニーの「気付き」がとても良いのだ。
そして「恐怖は直視出来れば消えるのだ」とドクターに背中を押されてかつての恋人バッドに会いに行くディーニー。
この勇気が、この映画のクライマックスだろう。
「両親からの自立」と「失恋」という痛手。そこに加えて「運命」と「世の掟」。これらの激震を同時に経験して、傷つきながら成長して大人になっていく若者たちの再生に、応援の思いを送らずにいられようか。
今の世から見れば、禁欲と失恋であそこまでメンヘラになってしまう二人は、ある意味すごい。現代は男女関係も薄っぺらで大量消費の時代になってしまったから。
( 中学生も高校生も”卒業”するために性交の相手を探すんだそうだ) 。
ワーズワースのあの詩は
古風かもしれないが、いまだ古風に生きる人たちのためにそっと寄り添ってくれる応援歌だ。
それは、還らない初恋の日の痛みをば、枯れてしまった思い出としてではなく「輝ける力の記憶」として謳ってくれている。
実に清々しいエンディングだった。
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わが娘に会ったりすると、僕にとって自分の結婚と離婚とは何だったのかと、殊更に思い起こしてしまうものだから
この映画の清冽さは、いたく胸に迫るものがあったね。
しかし、バッドのあの「我慢」、うまいよなぁ。
男性諸氏なら体がバラバラになりそうで、あれがどれほどに辛い感覚か解るだろう(笑)
余談かもしれないが、僕は結婚までは彼女に触れないと決めて、5年の婚約期間を耐えたもんで。
―「禁欲で死んだ人間はいない」と有名な哲学書に書いてあったし、
―「デート前には忘れず一発抜いていけ」と友人たちは励ましてくれた。
バッドは“自瀆”はしていなかったのだろうかなぁ。可哀想に。
かたや農夫に。
かたや医者夫人に。
バットとディーニー。寂しげだが愛しいではないか。
いじらしくも切ない別れだった。
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草原の輝き Splendor in the Grass
ウイリアム・ワーズワース
『霊魂不滅のうた』(Ode: Intimations of Immortality)の一節
さらば唄え、小鳥よ、歓喜の歌を、
鼓の調べにつれて子羊をして躍らしめよ。
われらも心において汝らの群れに加わらん。
笛吹くものよ、戯るるものよ、
今日、5月のよろこびを
全心に感ずるものよ、
『かつて輝やかしかりしもの、
今やわが眼より永えに消えうせたりとも、
はた、草には光輝、花には栄光ある時代を取り返すこと能わずとも何かせん。
われらは悲しまず、寧ろ、
後に残れるものに力を見出さん。』
【他訳】
「あの草原の輝き 」
花園の饗宴 呼び戻すすべなき。
されど悲しみその後に強きもの残すを知るなり
【黒柳徹子訳】
『草原の輝き 花々が咲き乱れて素晴らしい光景、もうそれらを見ることができなくなっても、あなたは嘆くことはないのです。
すでに、あなたは、人生の奥深くを分かって、前に進んでいるのだから』(本人のインスタより)
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白い帽子と服のナタリー・ウッド
総合70点 ( ストーリー:80点|キャスト:70点|演出:65点|ビジュアル:65点|音楽:65点 )
自由の国アメリカにまだ自由がなくて親が権力を握っていた時代のこと。子供の話を聞かず生き方を押し付けてくる親との価値観の違いに加えて、未成熟なゆえに自分の道を進めなかった若い2人がいる。紆余曲折の末に不幸を乗り越え着飾ってやっと彼に出会った彼女の姿が痛みとなって刺さる。
古い映画ならではの古い演技と演出は仕方が無いし、映像も出来がいいとは言えない。同じカザン監督の『エデンの東』と共通点も多いが、こちらのほうが現代人的にもわかりやすい主題だし良く出来た話だった。
牧場に向かう白い帽子と服のナタリー・ウッドが美人だった。ただし年齢的にもう少し若いときに出るべきだった。
カトリシズムと精神分析
若いカップルが性的な欲求と貞節の観念の間で揺れる。大戦後の自由で解放的な若者の風俗と、処女性を重んじる保守的な道徳観の対立がこの映画のテーマとなっている。
「エデンの東」で旧約聖書のカインとアベルの物語を現代に置き換えたエリア・カザンが、カトリシズムと精神分析に翻弄される若者を描く。
これら新旧の神話から解き放たれた二人が、年月を経て再会するラストが清々しい。人間が愛し合うことの自由さ、素晴らしさを巧みに描きあげている。「エデン」に並ぶカザンの名作。
性欲の垂れ流しが肯定されると
懊悩という言葉がある
一度きりの人生で
一度だけ人を死ぬほど愛せる季節があるのなら
その恋が
結ばれても
結ばれなくて
その人は
お金では買えない
評判では充足できない
モテるだけでは手に入れれない
プライドでは満たすことのできない
恋愛によって死ぬまでさめることのない
熱い胸のうずきを
生まれてきた醍醐味を
味わった数少ない
幸福な人かもしれない
つい先日
マックで隣に座った女子大学生二人の会話に
性欲がこれほどまでに垂れ流しになって
情緒のない愛に埋没している
人が増えていることを実感した
その二人はどこからみてもチョー普通のおとなしい感じの二人だった。
話しの内容は
下品なH話しだった。
人生には
季節がある
Hなしで
心の底から純粋に人を愛せるときは
そういう恋を死ぬほどの思いでできると
得かもしれない
調査では
結婚した夫婦の8割くらいが
相手に愛情を感じていない。
らしい。
そういう季節にやがて8割が移っていく現実があるのなら
人を死ぬほど愛せる季節を
もっと大切にしたほうが
バラエティーに富んだ人生になる
10代でH経験をして
欲望に流されて次から次へと経験して
これが正しい生き方だよ!!といわんばかりの社会。
情緒の発達が損なわれた人たちが
結婚して
どうなっていっているのか?
数値は如実にそれを物語っているとしか思えない。
この作品はそういう生き方がいやな人には
すばらしい感動を与えると確信する。
本当の意味で豊かな恋をした人が
国に増えてほしい。
苦しい思い出も軽くしてくれる切なさに、作品の深さを感じました。
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