戦争と貞操(1957)

劇場公開日:

解説

一九五八年のカンヌ映画祭でグラン・プリを授賞されたソヴィエト映画。スピードに富んだ卓抜なキャメラ・ワークや、個人を中心としたテーマの描出で、新しいソ連映画として賞讃された。第二次大戦下の、兵士として出征した恋人を思いながら、空襲下に結ばれた他の男との結婚に悩み、恋人の戦死によって、一人強く生きることを決意する女主人公の物語を、ヴィクトル・ローゾフが執筆、「最後のあがき」「親友」等の未輸入作品を作っているミハイル・カラトーゾフが監督した。キャメラは「女狙撃兵 マリュートカ」のセルゲイ・ウルセフスキー。音楽はエム・ワインベルグ。監督のカラトーゾフは前文化省副大臣という肩書をもっている。女主人公を演じるのはタチアナ・サモイロワ、彼女はこの作品の前に「メキシコ人」という作品でメキシコ女を演じた。他にアレクセイ・バターロフ、ワシリー・メルクーリエフ、アレクサンドル・シュウォーリン、S・ハリートノワ、K・ニキチン、V・ズブコフ等が出演する。後に邦題が「鶴は翔んでゆく」に改題された。

1957年製作/97分/ソ連
原題または英題:The Cranes are Flying
配給:新東宝
劇場公開日:1958年8月26日

ストーリー

モスクワの夜明け、愛しあうウェローニカ(タチアナ・サモイロワ)とボリス(アレクセイ・バターロフ)は、ひと気のない街の朝の空を、鶴の群がすぎていくのを見た。あいびきからもどった二人は、そっと各々の家の寝室にもどり、幸福な深い眠りにおちる。しかし、戦争が起った。ウェローニカや家族の不安もよそに、ボリスは志願兵として出征しなければならない。贈物のリスの人形のさげる篭の中に、恋人への手紙を託して、彼は出発した。別れの夕食会に遅れたウェローニカは、出征兵の集合地にかけつけた。しかし、鉄柵にさえぎられた人波の中に、とうとうボリスを、しかと見出すことは出来なかった。ドイツ軍の攻撃は激しく、戦いは苦しかった。爆撃によってウェローニカは父母を失いボリスの家族のなかにひきとられた。ボリスの従兄のマルク(アレクサンドル・シュウォーリン)は、以前から秘かに彼女を恋していた。ナチスの大空襲が、モスクワの街を襲った夜、彼は、心の傷あとの癒えぬウェローニカを、恐怖の一夜をおくるうちにわがものにした。ボリスの父親フョードル(ワシリー・メルクーリエフ)の困惑にもかかわらず、ウェローニカは、マルクと結婚せざるをえなかった。戦地のボリスは敵の包囲下の泥濘の中で戦っていた。ウェローニカの写真が、彼を力づけていた。しかし、敵の弾丸が彼を貫き倒した。--戦争が終り、彼とウェローニカは華やかな衣裳をまとって結婚式をあげ、人びとは彼等を祝福する--、頭の中を幻想がめぐり、現実の空が回転し、ボリスは死んだ。モスクワの人達は、遠いシベリヤに撤退していた。ボリスの父のフョードルは病院長として働き、姉のイリーナは医師として、ウェローニカは看護婦として、これを助けていた。ウェローニカとマルクの結婚は失敗だった。彼女は、毎日、郵便配達を待ち、何かを期待しながら送った。音楽家のマルクは、叔父の地位を利用して兵役を逃れている卑怯な男だった。総てが解ったあとで、彼は別れて家を出ていった。戦争が終り、復員兵士たちが帰ってくる日がやってくる。ボリスの死を、ウェローニカは信ずることが出来ない。彼女は花束をもって駅に向った。しかし、ボリスの友人ステパンはいたが、ボリスは帰ってこなかった。ウェローニカの眼に涙が浮んだ。しかし、それは決して絶望の涙ではなかった。ウェローニカの手から、花が一本一本、帰ってきた兵士たちに手わたされた。平和になったモスクワの空を、ボリスとともにあった時のように、鶴の群が飛んでいく。彼女と、ボリスの父とは、じっとその鶴の群を見上げた。

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受賞歴

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映画レビュー

4.5鶴は翔んでゆく

2022年2月8日
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「個人」に水準を合わせた戦争映画は多々あれど、ここまでそれが徹底されている作品は少ないんじゃないかと思う。

たとえばヴェロニカが出征するボリスを探して人混みをかき分けていくシーン。カメラはヴェロニカの動向を追うのだけれど、それと同時に無数の人々の惜別をも捉えていく。キスを交わす恋人たち、抱き抱えられた子供。戦争によって惜しみなく奪われていくであろう無数の「個人」を、カメラは丹念に、余すことなく映し取っていく。

また本作では直接的な戦闘の描写はほとんどない。中盤にはボリスが辺境の湿地帯で落命するシーンがあるけれど、飛び交う銃弾や爆撃の音がかろうじて敵兵との交戦を示唆するに留まっている。したがって誰がボリスを殺したのかも判然としない。そこには戦争という大義がまったく捨象された、死という個人的現実だけが横たわっている。

ボリスのいない間、ヴェロニカはさらなる不幸に見舞われる。彼女は半ば強引にボリスの従兄弟であるマルクと結婚する羽目になってしまったのだ。以降ヴェロニカは心を閉ざし、戦地からの手紙を待つだけの生きた屍と化す。そんな彼女に与えられた仕事が兵士の命を救う看護婦だと思うとかなりグロテスクだ。

ヴェロニカは仕方ないとはいえボリスを裏切ってしまったことを悔い、いっときは自殺しかける。そのとき彼女はトラックに轢かれかけていた子供を目撃し、思わず彼を助ける。彼の名前がボリスであったことは偶然とも必然ともいえるだろう。

ヴェロニカは自分の意志でボリス少年を育てることを決意する。それと同時に、主体性のなさこそが今までの自分の不幸の根本原因であったことに思い至る。もし自分がボリスを止めていれば彼は戦争に行かなかったかもしれない、マルクを断固として拒否していれば彼と結婚することにはならなかったかもしれない。

このときマルクはどこぞの女と浮気をしており、彼はその女へのプレゼントとしてリスのぬいぐるみを渡そうとする。これは出征の日にヴェロニカがボリスから託されたものだった。ヴェロニカは浮気現場に乗り込み、マルクからぬいぐるみを奪い取る。

するとそこにはボリスからの手紙が入っていた。彼女はそれを読み、マルクとの離婚を決意する。

ヴェロニカは最後までボリスの死を信じようとしなかったが、ボリスの友人の帰還兵から直接事の顛末を聞かされ、ようやく彼の死の現実を受け止める。兵士の帰還に湧き上がる人々と、たった一人で泣き崩れるヴェロニカ。悲痛すぎる対比だ。

ラストシーン、ヴェロニカは帰還兵から手渡された花束周りの人々に配っていく。花束はボリスへの未練であり、それを彼女は一つ一つ葬っていくのだ。花束はボリスという過去から帰還兵やその家族という未来へと繋がれていく。

全ての花束を配り終えたヴェロニカはふと空を見上げる。悠々と飛び去っていく鶴たちはどのようなシステム的暴力にも囚われることのない自由の象徴だ。ヴェロニカにとっても、ボリスにとっても、他の誰にとっても。

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