ストーカー(1979)のレビュー・感想・評価

ストーカー(1979)

劇場公開日 1981年10月31日
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その実、共産主義政権批判と信仰の擁護

タルコフスキー節
美しい水、もや、色彩、構図・・・・それは変わらない

映画のテーマは共産主義政権下の旧ソ連への体制批判
そして共産主義に於いて否定された信仰の力と希望の主張だ

映画は科学と芸術のエリートの視線からも
名も無き大衆の視線からもそれを訴えかけている

荒漠たる不合理で危険に満ち鉄条網で厳重に封鎖されているゾーン、それは共産主義ソ連の当て擦りだ
願いが叶う部屋は共産党の暗喩だ

収容所送り、下手すれば命すら危ない
当時のソ連の中でこれを表現する映画を撮ることはそれを意味してる

そして共産主義において否定されている信仰こそ絶えさせてはならない
それが精神の自由への道だとの強い主張を行っている

SFの体裁で自国ソ連の共産主義体制を強烈に行っている映画なのだと思う

ただ余りにも冗長過ぎた
苦行ですらあった
それもまた監督の狙いか
そのような中に共産主義ソ連の体制内で我々はそのような人生を暮らしているのだと

そしてあきらめろと
エリートたる教授も作家も願いが叶う部屋には結局楯突けない
作家は取り込まれることを恐れ
教授は爆破を試みながらも自ら断念し、
大衆たるストーカー自身もそれを阻止しようとする
女房はこれもまた運命だ仕方ないと独白する
ものを考える力と行動の自由が不自由な娘はソ連の国民だ
見つめて念じるだけでコップを動かす超能力が有るかのように見えて、実はそうではない、見てるだけ考えるだけで全く無力でしかないのだ
ソ連共産党政府の強大な国家権力のメタファーたる長い列車が驀進して通過してゆくのに何ができるというのか?あのコップのように震えるのみだ
それを冒頭と終幕で長々と見せつける
それでもそこで女房と娘を肩車して生きて行くしかないのだ
肩車は家族への責任が政治的な重荷であり理解してほしいとのメッセージだ
そしてゾーンから連れ帰った従順な犬
それはこの映画を見た当時のソ連国民だ

あき240
あき240さん / 2018年6月27日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 3.5
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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タルコフスキーのニヒリズムと宗教批判

人類の存在意義は芸術を創造するためであり、科学はその2次的な要素に過ぎない、といった無欲さが人類の本質であるとした上で、真理の探求は無意味かつ錯覚であるという、ニーチェ的ニヒリズムが展開される序盤。

しかし、音楽がそのような機械的に作られるものであるとするならば、人の心に直接響くのは何故か?身体の何が喜び、共鳴し、感動するのか。それは何の為であるか?それは無欲であるはずがないだろう。全てには価値と理由があるはずである。そうして彼らは自らのそれを「ゾーン」に求めたのだ。

彼らを待ちうけた「ゾーン」は、つまり「精神の反映」である。水辺に火があったり、あり得ない近道があったり...それは理解を超えた、人間の幻覚が生み出す超現実的な領域である。願いを叶える「ゾーン」の本質は「無意識の望みを顕然させる」というものであった。無意識を顕然させると人間の本性と直面する。

しかしそれは本当に望ましいことだろうか?自らの本性を認識することで、自己嫌悪に苦しむかもしれない。或いは、たとえ奇跡によって苦しみが取り除かれようと「幸せというだけでは淋しい、爽やかというだけでは淋しい」のである。奇跡があろうと、苦しみがなければ幸せを実感できない。彼らは、運命を受容することを決意する。

そこで彼らは「ストーカー」が「ゾーン」に取り憑かれ、崇拝し、禁欲主義的な偽善に毒されていることに気がつく。キリスト教と同様、奇跡は人を真に幸福にはしない(奇跡の有無に関わらず)。彼らは自らの弱さを武器に虚偽を流布する狡猾な人種である。これはニーチェの痛烈な宗教批判からくるものだ。

という、『ノスタルジア』『サクリファイス』にも通ずる、タルコフスキーによるニヒリズムを描いた作品だ。しかし、痛烈な宗教批判の印象が、美しい強度をもつ映像体験がその存在感を薄めている様な気もして、そこはやや残念に感じる。

極めて散漫な文章となったが、SFでありながら現実世界を主題とするあたり、タルコフスキーの現実への愛がうかがえる。

nagi
nagiさん / 2018年6月13日 / PCから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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疲労 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

知ることへの恐怖、恥、希望運命。最後に妻の単独インタビューを持ってきた。
学者、作家、ストーカー伝道師ペテロ
娘運命希望

無言の願い

平一
平一さん / 2018年5月3日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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神を信じようとする男、神の恵みに生きる女 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

このフィルムに登場する人物の立ち位置は様々だ。

神を信じようとする男
神の恵みに生きる女
神を疑う作家
神のことなど考えもしない教授
そして神に遣わされた子供だ。

正直このフィルムを星の数で評価するなどとても無理だ。だから敬意をこめてせめて星5つを献上したい。

初めから終わりまで、このフィルムが映し出す絵には隅々まで生命がうごめいている。寡黙にしてただそこにあるだけのものを、カメラを通して見つめたとき、言葉にならない訴えを身体じゅうで受け止めることになる。

水の中に沈んでいる宗教画、コイン、そして拳銃、、、それをカメラはじっと写し撮る。なぜ、水の中から拾い上げない?このフィルムは、それらすべてが世俗的な意味のないものだとでも言いたいのだろうか?

疑問はまだ続く。なぜ、三人は三人とも"部屋"に入らず、引き返してきたのか?作中では作家が「自分の腐肉など見たくもない」とはっきり言った。しかし、作中の理由がそうであっても、それはフィルムとして"部屋"に入らない理由にはならない。神秘は神秘のままに残しておくのが正解なのか?それとも、作家の言うように"部屋"の持つ神秘性のメカニズムを論理的に瓦解させることに成功したからだろうか?

この映画の最後、、、口もきけず、歩くこともできない子供がテーブルのコップを、手を使わずに動かし、床に落下させる。そしてそのタイミングで近くを通過する列車が、その振動でテーブルに残ったコップをゆらす。

超能力も、列車の振動も、ともに机上のコップを動かしたり揺らしたりすることの出来る力を持っている。

なんのことはない。答えはすでにそこにあったのだ。危険を冒してゾーンにいかずとも、人々が求める救いであり、論理であり、力であり、それらは全て一体となった形で、我々のごくごく目の前にずっと存在していたのだ。はるばる探し求めた幸せの青い鳥が、実は家の鳥かごの中にいたというストーリー――それが真実であるということを、このフィルムは3時間近い尺を使って、ずっと我々に訴えていたのだ。

このDVDのジャケットには「未来の希望」という一節がある。見ようとさえすれば、本当に求めているものはすでにそこにあるということを、言おうとしているのかもしれない。

最後に全体を振り返って見ると、この世に生きていること自体がすでにセンスオブワンダーということなのかもしれない、と思えた。

しんかいぎょ
しんかいぎょさん / 2017年10月4日 / PCから投稿
  • 評価: 5.0
  • 印象:  知的 難しい 幸せ
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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再会

こういうエンディング、大好きです。
色は、主人公の希望なのか。それも意識しているいないに関わらず。
妻の独白もそれを裏付ける。不幸とは、幸福とは何か。科学者、作家、ストーカーが語りを繰り広げる。

映画は、哲学映画、宗教映画という感じ。廃墟の中で延々と語られる言葉。

原作「路上のピクニック」もハヤカワSFで購入して読んだが、確かにだいぶ違っている。自分にとっては、両方とそれぞれ楽しめるものだったので、得した感じだった。
小説は、宇宙人が通った後に、悪意も善意もなくただ少し散らかして行ってしまった物達が、地球人にとっては、全く理解できないが便利だったり恐怖だったりという状況を描いている。それまでのSFでの宇宙人は、攻めるにしろ友好的にするにしろ、少なくとも地球を見ていた。しかしこの小説では、そこに地球があったことすら認識しているか怪しいのだ。

映画は、そちらのメッセージは大胆に削り、もうひとつのメッセージである、幸せとは?の方を中心に据えて、ゾーンと神を重ね合わせながら語っていく。
だから登場人物は、学者、作家(芸術家)、ストーカーすなわち宣教師なのだ。ほんとうに始まりの宣教師は、ストーカーのように神の元へ案内するだけの者なのだろう。学者、作家が、ゾーンに対してどのような姿勢をとるかは、観てのお楽しみ。

小説の方も、未知の科学技術を凝らした道具がいろいろ(話に)出るんだけど、淡々と静かに流れる。道具は話されるけど姿を見ることはないから。それでも小説はスリルを切り抜ける盛り上がりもあり、SFだった。映画は、そういう部分を極力排除した脚本で、人生観についてつきつめていく。

学生時代に名画座で観た本作品に30年ぶりに再会。20歳の自分が、「最高の映画のひとつだ」と感じた気持ちを思い出した。若さならではの面があったんだなあ。今は4.5にしておきます。思い出させてくれて、アップリンク、ありがとう。

CB
CBさん / 2017年5月2日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 4.5
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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疲れた。 ネタバレ

※本文にネタバレがあります。 [ ▼クリックして本文を読む ]

退屈で疲れた眠かった。

一応ゾーンの部屋というゴールがある旅なので、例の部屋に入ったらどうなるんだろう、ハッピーエンドか、はたまた破滅か?と色々想像膨らませていたが、そんな想像をした分だけ疲れた。

どうでもいいから、とにかく部屋に入っちまえよ!と言いたい。

人間の真相心理的な希望を叶える部屋…ゾーンという特殊な設定を用いることで、人間の幸福とはなんなのか、自己実現とは何なのか、そもそも自分の根元的な欲望は何なのかを把握しているのか、そしてそれを叶えることは幸せを意味するのか…
等々、ゾーンに向かうメンバーで話し合い、あるのか分からん真理を追及することが主題になっている。

惑星ソラリスも、人間の後悔やトラウマ的なものを具現化する惑星、という哲学装置を用いて、愛とは何か、幸福とは何をもって幸福とするのか等議論をしていく映画であった。

そういった点ではよくにている映画。
ただ、ソラリスよりも雑多でとっちらかった感があり、最終的に放り出された感じがあって納得できなかった。

laika
laikaさん / 2017年2月26日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 2.5
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:映画館
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アンドレイ・タルコフスキーが

説明描写を極力排除し、詩的な映像で深く独自の世界を描く。
全編に無機質で冷たいムードが漂う。
難解なストーリーと長回しの多用、それはまた自己の睡魔との熾烈な戦いでもあった。

2016年5月6日 / Androidアプリから投稿
  • 評価: 2.5
  • 印象:  難しい 寝られる
  • 鑑賞方法:DVD/BD
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ネタバレあり ネタバレ

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原作は「路傍のピクニック」
オズの魔法使い的な話

映画化するにあたって「願望機」というタイトルが当初付けられていた。
願望を叶えてくれる機械の話。
その機械とは、宇宙人が地球にピクニックにきて置いていったものである。

ゾーンには銃や酒は持って入れない。
神聖な場所だからである。
タルコフスキーは敬虔なカトリック。
これは宗教の話である。

ストーカーという案内人と、
作家という芸術家と、科学者。
3人はタルコフスキー監督のそれぞれの側面を表す。故に3人の外見は似てる。
主人公はバカっぽく描かれてるが、バカを演じているだけ。ラストに彼の部屋が映るが多くの本がある。彼はインテリだから、それを表に出さぬようにしてる。

ゾーンに入ると色彩が豊かになる。
それは主人公にとって豊かな場所だから。

最後はハッピーエンド。
ベートーベンの第9が流れる。
それは歓喜の音楽。

2人は願いを言わなかったが、主人公は無自覚に願いを言ってしまう。
妻子が幸せになれば、と。
黒い犬が付いてくる。
娘は黄色いスカーフを頭に巻いている。
黄色は幸福を表す色。
そして超能力を得る。

参照:町山智浩氏の解説より抜粋

saikimujin
saikimujinさん / 2016年4月28日 / iPhoneアプリから投稿
  • 評価: 3.0
  • 印象:  -
  • 鑑賞方法:-
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