シンドラーのリストのレビュー・感想・評価
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死者は語ることができるのか
スティーブン・スピルバーグ監督作品。
第二次世界大戦時、ナチス・ドイツが主導したユダヤ人へのホローコースト。その最中、ドイツ人実業家のオスカー・シンドラーが、自身が経営する軍需工場に雇うという名目で1100人以上のポーランド系ユダヤ人を絶滅収容所送りにすることを阻止した実話に基づいた作品。
オスカー・シンドラーは、生まれながらの人道主義者ではない。彼はむしろ社交に明け暮れ、金儲けしか考えてないような人物だ。軍需工場を営むのもそれが金になるからで、ユダヤ人を雇うのも人件費削減のためである。しかしホロコーストの惨禍を目の当たりにして、ユダヤ人を救おうと決心するのである。このように神のような善人ではなく、私たちと同じ人間味溢れる人物として描かれているからこそ、本作は多くの人の心に響くのだと思う。
しかし物語でホロコーストを扱うのは困難を極める。なぜなら死者の出来事を簒奪して物語ることにもなり得るからだ。ホロコーストという歴史的事実はある。ではそこで起こった出来事は、どのように語られるのだろうか。もちろんホロコーストを生き残った人からの証言に基づいて語られることは十分ある。だが証言には限界があるから、映画のようにフィクションを用いて、事実の想像的拡張を行うのである。それによって私たちは、ホロコーストの事実を目撃できる。死が目前に迫って怯える顔を、培われる絆を、そして無根拠に殺戮される現場を。
このようにホロコーストによって死んだ人々の事実を、映画的手法で語ることはできる。それは私たちに理解可能な物語として解釈することにもなり得るから有効な手段である。しかし死者の出来事は十全に語り尽くされたのだろうか。私はそうは思わない。それは本作が不十分であると言っているわけでもない。つまり語りには、騙りが付き纏うということである。語りにはフィクションが含まれる。それは事実の拡張にもなるが、嘘にもなり得るということだ。この嘘、例えば人物の過度な美化や出来事の伝説化は、事実を歪曲させ、声を上げられない死者を蹂躙する行為にもなってしまう。それは避けなければならない。だから出来事を物語るのはとても危うい。
このような困難さを理解しているからスピルバーグ監督は、本作を監督することを躊躇したのだろう。しかし本作は完成され、多くの人が鑑賞した。それによって、ホロコーストとその惨禍に巻き込まれたユダヤ人の出来事を理解可能にした。それは後世に残る偉大な功績だと私は思う。
名作
政治、戦争によって、人がどう搾取されるか、史実が上手く描写されていると感じた。
シンドラーが、当初金儲け目的で雇ったユダヤ人が殺戮されていくのを目の当たりにして、情けをかけて匿っていく姿は、ある意味人の自然な姿に思えた。
また、賄賂を役人に送り続け富をなす一方で、賄賂でユダヤ人の命を救うシンドラーの姿に、地獄の沙汰も金次第、という現実を感じた。
現代の私たちにも良い教訓を与えてくれる映画。
極限状態で人は権力をどう使うか、という問いを投げかける名作。
はじめて観たが、よくできている。
第二次世界大戦のナチスドイツが舞台。
ビジネスマンのオスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)は、戦時下であることを利用してナチスに取り入って、ビジネスを成功させた。安価な労働力であるユダヤ人を雇い入れ、莫大な利益を生んだ。
戦時下において状況が変わり、SSのアーモン・ゲート少尉(レイフ・ファインズ)が収容所に赴任してくる。彼は気分で囚人をどんどん殺すので、シンドラーは自分の工場で働いているユダヤ人が殺されては困るとゲートに相談を持ち掛ける。
さらに戦況が変わり、ユダヤ人が次々にアウシュビッツに送られるようになる。シンドラーはゲートと交渉し、ユダヤ人を買い取って安全な場所に逃がすことにする。
といった物語。
ヒトラーなどのナチス上層部の人間が出てこないし、戦闘シーンもない。そのため、戦況がどうなっているかはわからない。シンドラーと彼をとりまく環境が変化していくだけだ。
この演出は運命に翻弄される人々の様子を表現するのに適していいる。
また、撮影に関しても人間の目の高さから撮影しており空撮などはない。このおかげでドキュメンタリータッチの緊張感がある仕上がりになっている。
本作は、「戦時下もしくは極限状態において、権力を持つと人はどう変わるのか」という問いを立てていると思う。
そして、自分がそう思っているだけなのかもしれないが、リーアム・ニーソンとレイフ・ファインズはよく似ている。これはうまいキャスティングだ。
シンドラーもゲートも権力を持っている。よく似ているふたりの人物がそれぞれ権力を持っており、それをどう使うのか、といった対比がわかりやすく描かれる。
1989年11月にベルリンの壁が崩壊し、1990年からドイツ再統一がはじまった。このタイミングで、ドイツが東西に分断される原因となったナチスドイツについて、あらためて焦点を当てるというのは、意義のあることだっただろう。そして、その作品をユダヤ系アメリカ人のスピルバーグが監督したという点もポイントだ。
製作費は34億円。興行収入は500億円。
製作費の安さに驚くが、メガヒットと言っていいだろう。
当時はまだアカデミー賞ブランドもかなり強かったし、1993年といえば、まだインターネットもそれほど一般的ではなかった。映画という娯楽が観客を呼べた。そういう時代だったから、ここまでの成功を達成したのではないだろうか。
映画がまだ元気だった時代の名作といった感じでよかった。
ユダヤ人が一番、虐げられ不憫な民族 プロパガンダ。繰り返し繰り返し、世界を洗脳する。
ユダヤ人が虐殺されるシーンが何度も出て来て、独の邪悪さ、ユダヤ人の不憫さが強調される。そして、ユダヤ人を救った人間の道徳心を賞賛する映画。
原爆で虐殺された日本人は、誰もその残虐性を言わない。
シンドラーより、多くのユダヤ人を救った東條を誰も誉めない。
世の中、洗脳だらけ。
今だからこそあらためて再鑑賞しよう
25年以上前に前職での海外出張で東欧に半月程滞在したことがあり、大半はポーランドに居ました。第二次大戦中、ナチスが行ったホロコーストの象徴と言われるアウシュヴィッツ強制収容所が在った現在のポーランド南部オシフィエンチムへ日帰りで行ったことがあります。映画「シンドラーのリスト」の撮影地が当時、私の滞在していたクラクフであり、ここクラクフは古城があるヴィスワ川に囲まれた美しい古都でした。
しかし、映画は悲惨な内容で、ユダヤ人への迫害とナチスの人道無き暴力がこれでもかとあからさまに描かれています。
監督のスピルバーグはモノクロの方が説得力があるという判断から3時間以上の長編モノクロ映画となっていますが、ラストのシンドラーの墓前までの行進だけがカラー映画になります。また見逃してしまいがちですがろうそくの炎とゲットーの解体の時に現れる少女の着る赤いコートだけがカラーで描かれていることが分かります。しかしいくつかのシーンの後、この赤いコートを着た少女が、多くのユダヤ人の遺体の山の中にいるのが分かります。人間の命の尊厳や生の実感をモノクロからカラーに変えて観る私たちに訴えているとのことです。切なくて悲しい場面ですが鑑賞した際はぜひ見つけてください。
元アウシュヴィッツ強制収容所は負の世界遺産ですが、全く観光地化されていなく、広大な平原に残る収容所の建物は毅然と存在していて、ホテルも土産屋も売店も無い質素な場所です。ここで多くの人間が亡くなっていったという暗い雰囲気や押し付けがましい宗教色は皆無でそれがかえって訪れた者は寂寥感に襲われます。
主人公シンドラーは当初は金儲け目的の実業家としてクラクフに赴きましたが、ホロコーストの現実を知り、私財を投げ打ってユダヤ人の命を助け続けました。
戦争が終結し、年月が経ち、シンドラーが救ったユダヤ人たちがシンドラーの墓前に向かいます。多くのユダヤ人が実在の姿で行進しています。
ここで涙腺が崩壊します。戦後の現時点なのでモノクロではなくからーなのだと合点がいきます。
今、ロシアのウクライナ侵攻により罪のない住民や多くの子供たち亡くなっています。80年前には隣国ポーランドではホロコーストで150万人以上のユダヤ人が亡くなっています。
人殺しの戦争はいつになったら無くなるのでしょう。いつまで同じ過ちを繰り返すのでしょう。
この映画は戦争の愚かさと命の尊さを教えてくれます。
この「現在」だからこそ近日中に再びこの「シンドラーのリスト」を観ようと心に決めました。
久々の鑑賞
1939年ドイツ軍によりポーランドが占拠される。ナチスによりユダヤ人の強制的な移動が始まる。
当時ナチス党員でもあった実業家オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)は戦争を理由に儲けようと、工場を開設。ほぼ無償で働かせる事が出来るユダヤ人を雇い入れ事業を拡大して行く。
しかし、クラクフ・プアシュフ強制収容所の所長として冷酷なアーモンド・ゲート少尉(レイフ・ファインズ)がやって来る。シンドラーのの工場で働いているユダヤ人にも手が届きます。
ユダヤ人への虐殺や絶望的な状況を目の当たりにしたシンドラーは、次第に変化して行き密かにリストを作成してユダヤ人の救出へと決意して行く。
名作と言える作品だと思います。モノクロ作品にした事で当時の世界は希望も持てない華やか世界として映らない。よりリアルに写し出させる。
シンドラー役のリーアム・ニーソンの演技も素晴らしかった。
ドイツ人で金持ちであってもナチス党員に加担しない日和見主義的な人間。初めは、金・女が好きでどちら側にも友好的な人間。
しかしシンドラーはどこで命を懸けてでもユダヤ人を救出する気持ちになって行ったのか?
ゲート少尉の存在か?赤い女の子の存在?
シンドラーはゲート少尉の事を戦争が無ければ彼もただの嫌な人間だと擁護している。
シンドラーも自分は助けたユダヤ人もいるが、亡くなってしまった人は仕方ないと考える自分もゲートと同じ人間として見ていた?
しかし、当時の状況で一人でもユダヤ人を匿う行為は相当な覚悟・決意がいる行為であったのは確かだ。ドイツ人であるシンドラーは両方に立つ立場での葛藤を描いているとも感じる。
自分が失敗したら一人も助けられないと理解しているからだ。
その緊張感が観ている側にも伝わりあっという間に時間が過ぎる。
この作品は殺されるシーンや全裸のシーンをリアルに描いています。強い反戦映画ですが、その中に人の善と悪を伺っている様にも感じてしまう。
赤い女の子が作中に登場し、ラストも赤い薔薇が置かれている。赤は、生命力や情熱と言われている。シンドラーは赤い女の子を目にして彼の心に情熱が湧いて来たのか?
確かに何かの情熱を持たないとここまでの行動は出来ないと思ってしまう。
スピルバーグ監督は作品の表現や観客側へのメッセージを伝える事が出来る素晴らしい監督だとつくづく感じてしまいました。
スピルバーグ監督にとっていろんな意味で転機となった作品‼️
1000人以上のユダヤ人をガス室行きから救った実業家、オスカー・シンドラーの物語をスピルバーグ監督が映画化した作品‼️リーアム・ニーソンの演技は素晴らしいし、歪んだ悪魔なレイフ・ファインズの存在感、美しいモノクロ映像‼️確かに優れた作品ではあると思います‼️ただ私的に言わせてもらえればスピルバーグ監督が撮る必要はなかった‼️この作品はある程度優れた監督であれば、誰にでも撮れる作品‼️ロマン・ポランスキーやアンジェイ・ワイダ、そして映画化を熱望したビリー・ワイルダー監督‼️ひょっとしたら、彼らの方がスピルバーグ監督よりも上手く撮ったかも‼️我々映画ファンがスピルバーグ監督に求めるのは、スピルバーグ監督でなくては撮れない作品‼️「激突!!」「ジョーズ」「未知との遭遇」「インディ・ジョーンズ」三部作、「E.T.」といった作品群なのです‼️そういう意味でスピルバーグ監督がこの「シンドラーのリスト」でオスカーを撮った事は本人以上に我々映画ファンには不幸な事で、この「シンドラーのリスト」以降、スピルバーグ監督はエンタメ作品も撮ってはいるけれど、明らかにドラマ作品に重きを置いている・・・‼️
世界中が心に留め置くべき1作
シンドラーのリスト、公開されてからもう30年も経つんですね
いつか観なくてはと思いつつ今になった
きっとスピルバーグが世界中が観るべきだと詰め込んだシーンばかりなんだろう
怒りと理不尽さと苦しさで画面の中に掴みかかりたくなるような気持ちが絶えなかった
が観るのを止められなかった
イエスへの断罪などが元で2000年経った今も世界各地で起こる争いは無宗教で戦争の放棄を憲法に定められた国に生まれ育った私には理解が難しい
信仰やその神を逸れて自分たちが優れていると錯覚してしまうのは逆に自信のなさに見えるけど違うのだろうか
外国では日本よりも他人の意見を尊重するイメージが強いのに異国や異民族が相手になると途端に殺し合いになるほど他を自分の思いのままにしたがるのは、小さい単位にすればDVをする人と何が違うのか
なぜ他人の世界を牛耳ろうと考えるのか
穏やかにそれぞれが暮らせればいいと思わないのか
あんなに悲惨な戦争を経ても未だに諜報活動も戦争も無くならない世界に本当の平和が訪れる気がしない
シンドラーが終戦後にまだ助けられたと後悔の念で泣き崩れるシーンには意表を突かれ胸を打たれた
シュターンとの長くかけて育まれた信頼と友情にも…
戦争で殺された人々とシンドラーは天国では穏やかに見守ってくれているはず
そうでなければ私は神の存在を疑う
これはつらい…
リーアム兄さんの
代表作でもある、シンドラーのリスト。
長尺はわかっていたので、以前から
お正月休みに観ようと予定をしていた。
内容は皆様やレビュー通りです。
戦争は良くない
改めてそう思います。
さすがのオスカー受賞作
スピル先輩が満を持して撮った不朽の名作です。
ユダヤ人虐待のリアリズムはお墨付きですが、開始早々から物語の中に曳き込むカメラワークや画面構成はさすがエンタメサイドで磨きに磨いた圧倒的な演出力です。
主役三人のハマりぶりも監督の演出と役者の演技力が完璧に合成された結果ですね。
映画史に残り続ける究極の3時間
映像、演出、音楽、演技、脚本などのレベルが桁違いな作品。
残虐で目を覆いたくなるシーンもあれば、美しく深い演出で涙するシーンもある。
実際にあった残酷な現実の中で揺れ動く人々の心を素晴らしい演技で表現した俳優陣にも脱帽。
観終わったあとはこの映画に圧倒され、しばらく動けなくなった…
映画史に残るこの名作にいつまでも拍手を送りたい。
世界の指導者たち、見るべし
リーアム・ニーソンが主演、くらいしか内容を知らず。
時間があったので見たら、これは大変なことに。
ほぼモノクロ映像、子供にはNGなきついシーンもあって。
一気見は無理でした。
冒頭30分ほども、主人公はただの金満実業家で、退屈なところも。
「シンドラーがリストを作って、ユダヤの人を救出したんだろうな」
と予測。合ってはいるけど、さらに奥深い「方法」があって。
なるほどなあ、考えたなあって。
終盤近くではちょっと涙目。
最初でギブアップしなくてよかった。
もう1回みたいとは思わないけど(内容が重厚すぎ)。考えさせられる1作。
⭐️今日のマーカーワード⭐️
「本当の力とは、許す力」
映画の力
ホロコーストの残酷さと、ユダヤ人を救うために立ち上がったオスカーシンドラーのストーリー。600万以上の犠牲者が全てを失い、命まで奪われた事実は狂気の一言では語れない。
全体的に漂う音楽と映画がマッチして涙を誘う。
スピルバーグが丁寧に描き上げたシンドラーのリスト、映画の力を感じる。ニールソンの圧倒的な演技も凄く、ラストは涙腺崩壊。
「一つの命を救う者は世界を救う。」
どうすれば繰り返さずに済むのか
長かった…長編映画を終わりまで見れた私すごい!
戦争映画でよくある、残酷な描写で鑑賞者にショックを与える手法は「これを繰り返してはならない」「一人一人の命は大切」みたいな当たり前な感想を抱かせるにはもってこいだと思う。
でも戦争という特殊な環境下では、人をなんの理由もなく殺せるようになっちゃうんでしょ。もし私がこの時代にナチス側の軍人として生きていたのなら、どうすれば麻痺しないで「命は大切」みたいな普通の感覚を忘れないでいられたのかな?
見た目も言葉もそう変わらないユダヤ人をどうして人間以下のものとして扱えたんだろう。害虫を殺す感覚?だとするなら、日々、蚊を叩いて殺してる私の行為も罰されて然るべきよねという極論まで行ってしまう。。。被害者視点でみれば繰り返されてはならないことだけど、加害者視点で「もうやってはいけない」となる?米の原爆投下みたいに「戦争を終わらせるには必要だった」とかいってむりやり正当化されるのがオチじゃね?
こんなことを考えていると、至上主義に侵されないで、自分も相手の命も尊重するっていうのは相当難しいことではないのか?と怖くなってきた。
無慈悲な行為が普通とされる中、どうしてシンドラーはただ一人あの環境の中でユダヤ人を救う方向へスイッチできたのか、赤い服の子の死体だけでは情報不足に感じた。長くてあんまり集中して観れてなかったからかな…もう一度見直すエネルギーがないので誰か教えてください🥺
どうやったらひどい歴史を繰り返さないで済むのかもう少し考えたいです。
【”一つの命を救う者が世界を救える。”人間の愚かさと、ホロコーストの恐ろしさと哀しさをリアリズム溢れるトーンで描いた作品。今作は”本当の力(パワー)とは何であるか”を示した反戦映画でもある。】
ー 久しぶりに鑑賞したが、矢張り心が重くなる作品である。モノクロで映し出されるドイツのSS達によるゲットーに閉じこめられたユダヤ人の虐殺のシーンや、遺体を燃やすシーンなど暗鬱たる気分になる。-
■ドイツ人実業家、オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)はポーランドで工場の経営を始め、ユダヤ人の労働力で事業を拡大させていく。
しかし、やがてナチスによるユダヤ人迫害が熾烈になって行く中で、その現実を目の当たりにした彼は、密かにユダヤ人の救済を決心する。
◆感想<Caution! 内容に触れています。>
・後半まで、観ていてキツイ作品である。それは、描かれるモノクロのユダヤ人虐殺シーンがリアルに感じるからである。
・シンドラーも前半は、野心ある実業家として、ユダヤ人を安い賃金で働かせ、利益を得ている男として描かれる。
・レイフ・ファインズ演じるクラクフ収容所所長のアーモン・ゲート少尉も、戦争の中で徐々に精神を病んでいく。
ー 酒を過剰摂取しているが故に、痩せこけたユダヤ人たちとは対照的に、彼の下腹部は醜く膨らんでいく。-
・ドイツの戦況が悪化する中、クラクフ収容所の閉鎖が決まりアウシュビッツに送られて行く人々。そんな中、シンドラーは”自分の工場を存続させるため”という名目で、多くのユダヤ人を故郷のチェコの工場に連れて行く。
ー シンドラーが、人間性を取り戻していく様を、リーアム・ニーソンが見事に演じている。-
■白眉のシーン
1.イザック・シュターン(ベン・キングズレー)に、チェコの工場に連れて行くユダヤ人の名前をタイプライターで書かせるシーン。
ー ドイツ兵に、次々に殺されたユダヤ人たち。だが、当たり前だが、ユダヤ人一人一人にはキチンとした名前がある人間である事を雄弁に語るシーンである。-
2.ドイツの敗戦が決定した際に、シンドラーがドイツ兵に周囲を囲まれながら、工場で働いていたユダヤ人たちに語りかけるシーン。
一方、ドイツ兵が一人、又一人姿を消していくシーン。
3.ラストのカラーで描かれた、且つてシンドラーに助けられた人々が、その子供達と共にシンドラーの墓に石を置いて行くシーン。
ー 私はこのシーンまでは、只管にキツイ想いで観て来たが、矢張りこのシーンは沁みるのである。-
<今作は”本当の力(パワー)とは何であるか”を示した反戦映画である。
中盤まで、非常にキツイシーンが続くが、現況下観ておきたい作品の一つであることには間違いないであろう。
それにしても、(極一部であるが)人間とは過去の過ちから学ばない生き物である、と思った作品でもある。>
■ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」を読み返した翌日に、数十年振りに鑑賞。
『このバッジで、もう一人救えたのに、しなかった』
虐殺されたユダヤ人600万人、想像もできない数字だ。
一人一人に命があり、人生があったが、殺された。
今、この平和な時代で見ると、別世界のようだが、
50代の自分が生まれるわずか20年前の話。
人は残酷だね。こういう人間の側面を知っておくことは大切だと思う。
人は、神にも悪魔にもなる。
以前、本でも読んでいたが、赤い服の女の子の描写は覚えている。
その女の子が、山盛りの死体の一つとして運ばれるシーンは思わず声が出た。
一人の命を救う者は、世界全体を救うのです。
スティーブン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』は、映画史上最もリアルな歴史ドラマの一つである。
一部の例外を除き、娯楽作品や子供向けの作品を中心に作ってきたスピルバーグが、22世紀まで生き続ける傑作を作り上げたことは、彼の映画的才能を明確に証明するものであり、疑う余地のないものである。大長編なのにあっという間に終わってしまう、感動と恐怖の映像体験。
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