白い町で

劇場公開日:2025年7月19日

白い町で

解説・あらすじ

「サラマンドル」「ジョナスは2000年に25才になる」などで知られるスイスの巨匠アラン・タネールが、キャリア円熟期の1983年に手がけた長編第8作。時が逆さに流れる町、ポルトガル・リスボンを舞台に、陽光を反射して白く輝く、迷路のような町をさまよう男の心の旅路を詩情豊かに描く。

リスボンに降り立った貨物船の船員ポールは、8ミリカメラで自身や町の風景を日記のように記録し、そのフィルムを故郷スイスにいる妻エリザのもとへ送る。小さなバーに立ち寄ったポールは店員のローザと親しくなり、いつしか愛し合うようになる。一方、妻エリザは一向に帰ってくる気配のない夫の様子に不安を募らせていく。

「ベルリン・天使の詩」のブルーノ・ガンツが主演を務め、人生の倦怠から逃れようとするポールを、悲哀とユーモアの絶妙なバランスで演じた。ポルトガルの映画プロデューサー、パウロ・ブランコがタネール監督と共同で脚本・製作を担当。1984年セザール賞にて最優秀作品賞を受賞した。2025年7月、4Kレストア版にてリバイバル公開。

1983年製作/109分/スイス・ポルトガル合作
原題または英題:Dans la ville blanche
配給:アート・アンサンブル
劇場公開日:2025年7月19日

その他の公開日:1986年2月1日(日本初公開)

原則として東京で一週間以上の上映が行われた場合に掲載しています。
※映画祭での上映や一部の特集、上映・特別上映、配給会社が主体ではない上映企画等で公開されたものなど掲載されない場合もあります。

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(C)Filmograph - Alain Tanner. Collection Cinematheque suisse.

映画レビュー

5.0汚れた白

2025年7月24日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:その他

「何よりもまず、タネールは映画を発見した男なのである」(蓮實重彦「アラン・タネールは映画を発見した」『“アラン・タネール”』)

「タネールが描きたかったのは純白ではない。汚れきった白だ」(黛哲郎「実存主義の甘き香り」『キネマ旬報 1986年2月上旬号』)

船乗りのポールは、工場のように決まりきって閉塞された船を飛び出して、ポルトガルのリスボンへ降り立つ。彼はリスボンでヴァカンスをするわけでもなければ、新たな職を見つけるわけでもない。仕事は放棄し、故郷のスイスにいる妻の元には帰らず、未来のためには「何もしない」。ただ酒を飲み、ビリヤードをして、白い町をふらつく。本作には逆回りに時を刻む壁時計が登場するが、彼はあるべき日常から逆進した時間をリスボンで過ごすことになるのだ。それは死せる時間や空白の時間とも言えるかもしれないが、私たち観客はその奇妙な時間体験を追従することになる。

以下、ネタバレを含みます。

そうはいっても何も起きないわけではない。彼はリスボンの街を、時に自身に8ミリカメラを向けながら―妻へ送るためだ―歩く。ふらふら歩いていると、バーを見つけてビールを頼み、店員のローザと親しくなる。そして気分に乗じて、バーの上のホテルに泊まり、あれよこれよと過ごしていると、いつの間にかローザと性愛関係になってしまう。この展開は男の空想的でご都合主義的なものであることが否めないが、ポールは空白の時間の中で、一抹の親密さを得ることになる。

だが、それは既に常に終わりの予感を漂わせているのかもしれない。空白の時間を漂流するしかできないポールは、リスボンという地に留まれるわけでも、一人の女性を愛し続けられるわけでもない。
ローザにしたって、バーの店員として他者に憩いを与えるだけの存在ではないし―または蓮實重彦にならって、微笑みによる武装解除―、現にポールやリスボンをいつの間にか去ってしまう。

この関係の不定着さは、タネールが厳格なシナリオを書こうとせずに、エモーションがしみ出てくるのにまかせた制作スタイル、即興性に起因すると思われるが、どこか廃れて侘しく感じる。



奇妙な時間体験を与える要素の一つに8ミリカメラで撮られたフィルムがある。あのフィルムは、ポールが撮影したものだろうけれど、所々にそうではないフィクションが存在している。例えば、ホテルの一室でのショット。8ミリフィルムのローザは微笑を浮かべるが、本作で最初に描かれるホテルのシーンではそんなものはない。また中盤でローザがポールのセックスの誘いを断る描写。8ミリフィルムでは、裸体を晒すほどに心を許した関係であったはずなのに、まるではじめて会った時かのようだ。そして最後に電車で対面に座る女性を捉えたショット。ポールは電車賃を得るために8ミリカメラを売ってしまったのだが、女性が8ミリフィルムで映し出されている。

これら物語世界の時間軸やリアリティを放棄した8ミリフィルムは一体何なんだ?物語の整合性がとれず、破綻しかねない危ういものだ。しかしこの8ミリフィルムには、ポールが存在証明のため妻に送る紀行フィルム以上の、空想や心象風景、エモーションが確かに滲みだしている。この滲みに浸るのは心地いいし、何より私の記憶や思い出も惹起される。そうか、これが空白の時間に漂流するということか。

ポールの寄る辺なさは何だか自分と通じるものがあるな…。そんな予感が漂うも、リスボンの汚れた白で掻き消したい。

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まぬままおま

4.0主な舞台になるリスボンの旧市街、アルファマに注目

2025年7月31日
PCから投稿

知的

石油タンカーの機関士、ポールがリスボンに寄港し、小さなバーを併設したホテルを起点に街を散策する。リスボンは太陽と人間味溢れるヨーロッパ大陸西端の街で、特に、正反対の気候と風土を持つスイス人やオーストリア人に人気の観光地だ。何よりも、白い家屋が太陽に反射して、訪れる人々を白で包み込むところが旅情を掻き立てる。ポールもまた、街のあちこちで撮った8ミリフィルムに手紙を添えて、それをスイス人の恋人、エルザに送りながら、次第に眩しい白に幻惑されていく。。。

かつてこれほど、背景が物語とリンクする映画があっただろうかと思う。特に、主な舞台になるリスボンの旧市街、アルファマは、今でこそ複雑に曲がりくねった狭い道路スレスレに走る路面電車や、丘の上から望む港の景色が有名だが、映画が公開された当時はそのエキゾチックな風景に息を飲んだものだ。今回、公開されて40年目の節目の年に4Kリストア版が公開されるのは、少しでも多くの観客にこの映画の魅力を再発見して欲しいという願いが込められているような気がする。

リスボンは同時に、目の前に広がる大海原の遠くを眺めながら、まだ見ぬ大陸を思い描いた我々の祖先と繋がる夢追い人たちが住んでいた街。だからだろうか、通りを歩いていてこちらが日本人だと分かると親しげに話しかけてくるポルトガル人が多いのは。映画とは少しズレるけれど、本格的な夏休みを前に旅情報として加筆してみた。

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清藤秀人

4.5人生を彷徨う

2025年7月23日
iPhoneアプリから投稿

どこにも辿りつけずに

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