「【貧しい宿屋の子として産まれた新聞王チャールズ・F・ケーンの傲慢さと弱者への優しさが入り混じった波乱万丈の生涯を描く逸品。ラストの”薔薇の蕾”が焼けるシーンを含め印象的なシーン満載作品である。】」市民ケーン NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【貧しい宿屋の子として産まれた新聞王チャールズ・F・ケーンの傲慢さと弱者への優しさが入り混じった波乱万丈の生涯を描く逸品。ラストの”薔薇の蕾”が焼けるシーンを含め印象的なシーン満載作品である。】
■貧しい宿屋の子として産まれながら、裕福な銀行家に預けられ、その後、新聞王として君臨し、絶大な権力を振るった男ケーン(オーソン・ウェルズ)が大邸宅の中、一人寂しく逝去する。
記者トムスンは、彼が死の間際に呟いた「薔薇の蕾」(Rose bud)という言葉の意味を探っていく。その出自から新聞王として登りつめていく過程を追ううちに、トムスンはケーンの波乱にして孤独な人生を知って行く。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・後年、デビッド・フィンチャー監督の「Mank/マンク」(とても面白い逸品である。今作をオーソン・ウェルズと共同で脚本を書き上げたハーマン・J・マンキーウィッツを主人公としている。)を鑑賞し、今作も観ようと思いつつ、幾星霜って訳でもないが、その名作さを理解するのがナカナカに難しいという事だけは知っていた。
・で、正直に書くけれども面白かったな。
その面白さは冒頭、老いたチャールズ・F・ケーンが荒廃したザナドゥ城で一人”Rose bud”と呟きベッドの上で息絶えるシーンの口のドアップや、暗いザナドゥ城のハイアングルからの映し方かな。
どうやって、撮ったのかな。
あと、勝手に思ったのは、オリビア・ニュートンジョンのヒット曲”ザナドゥ”ってこの映画からインスパイヤされたんじゃないかなって、勝手に思ったな。
歌詞を見ると”誰も行かなかった場所”というフレーズから始まっているし、今作でも描かれているけれど、クビライ・カーンがモンゴルに作った都の事でもあるし、桃源郷って意味もあるよね。
・陰影のつけ方も、当然上手くって、ケーンの波乱万丈の人生を効果的に見せているよね。
・あと、最初の奥さんとの関係性が冷えて行く過程を、短いショットでラブラブだった頃から最後はお互いに新聞を読んで一言も口をきかない姿を時間を越えて連続して見せる事で表現している所かな。
・更に言えば、ケーンの虚飾と傲慢さと弱者への優しさが入り混じった複雑な性格の描き方かな。オーソン・ウェルズの貫禄のある演技は凄かったな。
華やかなパーティのシーンや、彼が愛した歌手を夢見ていたスーザンとの出会いから、その事が原因で、最初の奥さんと別れ、政敵ゲティスとの選挙にも破れ、果てはガランとした彼女のために建てたザナドゥ城の中での、二人の冷え切った会話のシーンの見せ方も、彼の波乱万丈の人生そのものだしね。
で、ザナドゥ城の中のシーンはヤッパリ、ハイアングルやロングショットで撮っていたりね。
・彼の非情な面も、しっかりと撮られているよね。クロニコル紙から引き抜いた友人リーランドが、スーザンの公演の酷さを書きながら寝てしまっている所にやって来て、その記事を見て自分で記事を書き直すシーン。
ケーンは起きて来たリーランドに冷たく”君は首だ!”と言い、タイプライターを打ち続ける姿は、悲哀と負けず嫌い、自分の過ちは認めないという傲慢さが複雑に漂っていたよね。
<そして、ヤッパリ、ラストが凄いんだよね。ケーンが死んだ後に彼が遺した遺品が次々に燃やされて行くんだけれども、その中にケーンが子供の時に銀行家に引き取られる時に遊んでいた橇があって、その橇には”ROSE BUD"って記されているんだよね。
その橇はあっと言う間に炎に包まれて、燃えて行き、ラストはザナドゥ城を下から見上げるように撮るショットと、冒頭と同じくフェンスが映されてそこには”立ち入り禁止”の看板が取り付けられているんだよね。
今作は、貧しい宿屋の子として産まれたチャールズ・F・ケーンの虚飾と傲慢さと弱者への優しさが入り混じった波乱万丈の生涯を描く逸品であり、あの”ROSE BUD"って言葉をケーンが最期に呟いたのは、人生の中で一度も芯から人に愛されなかった彼の哀しさを見事に表現しているのではないかな、と思ったな。じゃーね。>