劇場公開日 2025年12月20日

新ドイツ零年のレビュー・感想・評価

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4.5カッコよさも1時間が限界でした

2025年12月25日
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鑑賞方法:映画館

知的

難しい

ドイツという要素を東ドイツのモニュメントを記録しつつ、複雑に絡め合わせながら、6つの変奏曲化のごとく、非常に見事な映像でカッコよく見せてくれていて、まさにカッケーと魅せられたのですが、時々あるいは後半ちょっとは集中力が切れた感じです。
そもそも、あの非常に分かりやすくて、モノクロで、音楽的に不協和音だったドイツ零年があってのこの対比的な作品であり、それを見ていないければこの作品の良さは半減してしまうのではと思いました。それが良いか悪いのかという議論は置いといて、まずは一つの作品がありきで成り立っているメイ作だと思った次第です。
言わずもがな、前のは大戦後のドイツで新は大戦を引きずりつつ壁が崩壊したあとのドイツを描いています。小難しい哲学的なお言葉がたくさん出てきますが、決して無駄ではないと思うので、しっかり受けとめ、自分自身の血肉になればいいのかもしれません。

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SH

3.0『新ドイツ零年』が映し出す歴史の廃墟と亡霊

2025年12月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

1991年、ベルリンの壁が崩壊し、ソビエト連邦が終焉を迎えたその年。ジャン=リュック・ゴダールが発表した『新ドイツ零年』は、単なる東西統合の記録ではない。それは、映画という装置を用いてドイツの分断史を総括し、共産主義の挫折を冷徹に弔う、壮大な「思考のインスタレーション」である。

<ロッセリーニの「廃墟」を継承する眼差し>

本作の核心には、ロベルト・ロッセリーニが1948年に撮り上げた『ドイツ零年』への強烈な意識がある。ナチス支配が崩壊した直後のベルリン、その廃墟を彷徨う少年のロングショットを引用することで、ゴダールは「新たな零年(出発点)」に立つドイツを、歴史の連続性の中に置いた。
ローザ・ルクセンブルクが運河に投げ込まれた現場を巡るロードムービー的な構成は、共産支配側から見た東ドイツの記憶を辿る巡礼であり、同時にその記憶が消滅しゆくことへのレクイエムでもある。

<レミー・コーション:アルファヴィルからの帰還>

本作最大の映画的衝撃は、主演のエディ・コンスタンティーヌが、1965年の『アルファヴィル』と同じスパイ「レミー・コーション(003)」として登場することだ。
かつてパリの夜景を舞台に全体主義国家への潜入を描いた『アルファヴィル』。その劇中では明かされなかった仮想敵国が、実は「東ドイツ」であったという事実を、ゴダールは26年という歳月をかけて回答したのである。老いたスパイが東側の潜伏生活を終え、西側へと帰還する歩みは、そのまま「共産主義の失敗」という現実の投影に他ならない。

<46年の総括と、西側の空虚>

ベルリンの壁が建設された1961年から、ソ連が解体された1991年まで。ドイツが歩んだ46年間に及ぶ分断の歳月を、ゴダールは老スパイの足跡を通して一本の線へと繋ぎ合わせた。
しかし、彼が辿り着いた「西側」は、決して希望に満ちた新天地ではない。そこは、スパイという記号さえ無効化された「クソみたいな西側」の風景が広がる場所である。
本作は、歴史が大きく動く瞬間に立ち会いながら、映画が歴史の証人であり、かつその歴史を再構築する言語であることを証明した。ゴダールは、レミー・コーションの彷徨を通じて、我々に問いかける。壁が消えた後に残ったのは、自由か、それともただの空虚か。

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t2law

3.5空気をイメージする

2025年12月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

歴史背景がわからないので掴みづらかった。
ゴダール映画は理解ではなく、感覚で楽しむべきものと思う。

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ドラゴンミズホ