「アルカトラズからの合法的脱出。 事実を歪曲しすぎた御涙頂戴展開に、現実世界のヘンリー・ヤングは何を思うのか?」告発 たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
アルカトラズからの合法的脱出。 事実を歪曲しすぎた御涙頂戴展開に、現実世界のヘンリー・ヤングは何を思うのか?
アルカトラズ刑務所の非人道的な刑罰により精神に異常を来し殺人を犯してしまった囚人ヘンリーと、彼の無罪を証明するためアルカトラズを告発した若き弁護士ジェームズの友情と闘いを描いた、実話を基にした法廷ドラマ。
アルカトラズ刑務所で虐待を受けていた受刑者、ヘンリー・ヤングを演じるのは『13日の金曜日』『トレマーズ』の、名優ケヴィン・ベーコン。
残忍な副刑務所長、ミルトン・グレンを演じるのは『トゥルー・ロマンス』『レオン』の、名優ゲイリー・オールドマン。
第1回 放送映画批評家協会賞において、主演男優賞(ケヴィン・ベーコン)を受賞!
「ザ・ロック」の愛称で知られる難攻不落の要塞アルカトラズ刑務所。暗黒街の帝王アル・カポネが収容されていたこの刑務所は数々の伝説を生み出し、それを基にした数多の映画が今日に至るまで作られ続けている。
本作の舞台はアルカトラズが連邦刑務所として機能し始めてから7年後の1941年。正義に燃える新米弁護士がアルカトラズの残虐な仕打ちを知り、それにより心を病んだ囚人ヘンリーを救うために刑務所側を告発する。いやはや、これが実話とは凄い!…と、思っていたのだが、調べてみるとどうやらこれはかなり事実とは異なるようだ。
まず本作の主人公、ヘンリー・ヤング。映画での彼はたった5ドルの窃盗によりアルカトラズに収容されてしまう。たった5ドル、しかも妹を養うための犯罪でこんな目に…。許せんっ!と大方の観客は思う事だろう。
しかし、史実のヤングはなかなかの曲者である。1933年に殺人強盗の罪で終身刑を求刑されたヤングは、いくつかの刑務所に服役した後、アルカトラズ刑務所へと送られる。1939年、アルカトラズからの脱獄を図るが失敗、隔離監房へと送られる。1940年に脱獄仲間であったルーファス・マッケインを殺害。これはアルカトラズの劣悪な環境により引き起こされた精神疾患が原因であるとし、弁護士と共に訴えを起こすも判決は有罪。その後1948年までアルカトラズに収監。その後は1957年までミズーリ州スプリングフィールドにある連邦刑務所収容者医療センターに収容され、さらにワシントン州立刑務所へと移送される。1972年、仮釈放中に失踪。その後の行方はわかっていない。
とまぁこのように、本作で描かれているヘンリー・ヤングの生涯は全くのフィクションである。独居房もあそこまで劣悪なものではなかったこともわかっているし、実はその懲罰自体も数ヶ月で済んでおり、独房からの解放からマッケイン殺害まで、1年以上は一般房で過ごしていることも明らかになっている。
何より、彼は獄中で死亡するどころか最終的にはシャバへと逃れている訳です。1911年生まれのヤングは、本作の公開年(1995年)にはまだ生きていた可能性だってある。映画館で「おいおいこの映画出鱈目すぎるだろッ🤣🤣」なんて笑いながら鑑賞していたりして…。
「史実に基づいたフィクション」なんて、そりゃあまぁ大体が誇張されたり脚色されたりしている。それはこの映画に限ったことではない。
ただ、本作のように安易な御涙頂戴のために過度に善人にしたり獄中死したように改変するというのは、なんだかちょっと座りが悪い。この出来事自体はとても興味深い一件なのだから、無理にトラジディとして描く必要はない。むしろ、色々あったが最終的には脱走を成し遂げるというコメディにしてしまった方が、ありきたりな監獄映画の枠を超える面白い物語になっていたのではないだろうか。
事実の歪曲でいうともう一点。本作は「この一件がアルカトラズを閉鎖に追い込んだ」とか宣伝されていたようだけど、この裁判から実際に閉鎖されるまで20年くらい間が空いてる訳で。こんなん、今回の一件と刑務所の閉鎖にはなんの関係もないことくらい猿でもわかるぞ。ウキーッ!
内容はまぁありきたりな囚人悲劇。弁護士と無実の囚人が次第に心を通じ合せてどうのこうの。
確かに感動はするのだが、まぁ何度も観たことあるような映画だな、という思いが先に立ってしまい特に深く感じ入るようなことはなかった。
ただ、ケヴィン・ベーコンの演技力には流石の一言。長年暗黒の地下房に閉じ込められ、心身ともに痩せ衰えてしまった哀れな男を見事に演じきっている。本作はまさにベーコン劇場とでも言った具合の、ベーコンパワーでほとんどが成り立っている作品である。彼の好演を観られるというだけでも、本作を鑑賞する意味は十分にあると言えよう。…まぁちょっと『ノートルダムのせむし男』のカジモドっぽすぎる気はするんだけどね。
面白いのは、本作公開の翌年、『スリーパーズ』(1996)という作品でベーコンは残虐非道な少年院の看守を演じているということ。虐げられる囚人を演じた翌年に虐げる看守を演じるって、いったいこの人のペルソナは何枚あるんだ!?
是非ともこの両作品を見比べて、ベーコンの演技巧者っぷりを堪能していただきたい。その変貌ぶりにマジで驚きます。
恋人である女性弁護士や、思想の違いにより敵対する実兄など、興味深いキャラクターはいるのだがその掘り下げが不足しており、なんとなく不完全燃焼な感じがするのもいただけない。特に本作最大の悪役であるグレン副所長はもっと出番があっても良かった。せっかくゲイリー・オールドマンが嫌ーな役で出演しているのに、これっぽっちの役回りというのはなんとも勿体無い。それこそ『スリーパーズ』のベーコンくらい、残虐ファイトを見せて欲しかったものである。
グレン副所長の存在は「システムが人を残酷なものに変えてしまう」という、現実世界でもまま見られる真実を我々に思い知らせてくれる。ブラック企業に学校のいじめ、移民排斥デモ、ネットリンチなど、我々は日々このような理不尽な残虐性を目にしているわけだが、気をつけたいのはそのような環境に置かれれば誰もがグレン副所長の側に立つ可能性があるということ。あの所長が特別に邪悪な存在ではなく、無味乾燥なシステムこそが諸悪の根元なのだ。
そんなシステムに、ヘンリーやジェームズのように立ち向かうことが出来るのか。本作を鑑賞する際にはその点を心に留めていただきたい。
…まぁ現実のヘンリーはそんなシステムからするりと抜け出したわけなのだが。そういうのも一つの戦い方だよね。
…にしても、この邦題はなんとかならんのか。『告発』ってあんた。ほとんどの法廷劇は告発だろうに。
『告発の彼方』『告発の行方』『告発のとき』etc…。「告発」を冠する映画だけでトーナメント戦が出来そうだ。
もうちょっと頭を捻って邦題を考えていただきたい。