「こうして、日本型村社会がアメリカンドリームを謳歌し始める」生きる(1952) マサシさんの映画レビュー(感想・評価)
こうして、日本型村社会がアメリカンドリームを謳歌し始める
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民主主義に於いて行政は、国民の為に存在する。
1952年に『20年間男やもめ』って事は、
1932年から役人をやっている事になる。つまり、戦前から役人をやっていた訳で、行政の機関の一員と言うよりも、官僚なのではないだろうか?もっとも、地方公務員は官僚とは言わない。しかし、映画の中ではこの人物の詳細は説明されていない。従って、戦後民主主義が謳歌され始めた時期の官僚に対してのアイロニーな出鱈目なお話と思うべきだ。
この主人公の心の動きを見ても、奇々怪々でわけわからない。亡父曰く。『貧困層はこんな生活感持っていなかった』付け加えて『役人はアプレガールとは遊ばないぞ』って怒っていた。
僕が知る限り、役人は威張っていた。それがDNAと化して、日本型の終身雇用までも否定される原因になってしまう。
『たとえ役人と言えど、能力を発揮しなければ駄目だ』ってね。
そして、それが民間会社に゙伝承し、能力主義が育つ。
よくよく考えてみれば、自分の命を犠牲にしてつまらない公園を作ったに過ぎない。
って考えたら、ブラック企業の『さきがけ』に見えるが。
因みに、小田切ミキさん演じる娘さんは我が亡父と同い年で、アプレガールではない。
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