原子怪獣現わるのレビュー・感想・評価
全4件を表示
第五福竜丸事件は1954年3月だから、原子力に対しての懸念は、まだ...
第五福竜丸事件は1954年3月だから、原子力に対しての懸念は、まだまだ今の様な次元ではない。だから、この映画での原子力の扱いは『恐竜を起こしてしまった』と言った影響に留めている。
従って『恐竜を倒して終わり』と言った単純な作りになっている。
一方『ゴジラ』では、原子力に対する懸念と『ゴジラ』をどう退治して、今後はどうするかまで追求している。もっとも、出した結果は間違っているが。つまり、第五福竜丸事件直後だったので、被爆国としての経験を『ゴジラ』と言う映画に反映せざるをえなかったのだと思う。
証明された訳では無いが、当時は恐竜は爬虫類の先祖と考えられていたと思う。従って、ゴジラも含めて、コモドドラゴンとかイグアナをモデルにしていると思う。
二万尋からやって来た元祖大怪獣
北極で某国の水爆実験。
その影響で、冷凍冬眠から目覚めた。
氷の中二万尋から現れたは、怪獣王ゴジ…ではなく、
原子怪獣リドサウルス!
『ゴジラ』の前年1953年にハリウッドで製作され、後世の怪獣映画に多大な影響を与えた元祖怪獣映画。
すでに『キング・コング』は誕生していたが、怪獣映画を大きく二つに分けた際の一つを確立。
『キング・コング』は世界の神秘、秘境大冒険。人間の欲によって翻弄され、悲劇的な最期を迎える。後の『モスラ』はこちらのタイプ。
本作が確立したのは、人類の科学によって目覚めもしくは生まれ、人類文明を襲撃。科学への警鐘。そして、史上初の“核の影響によって生まれた怪獣”。
本作があったからこそ…
言うまでもなく、『ゴジラ』の原型。
核実験の影響で誕生したという設定、
有史以前の恐竜タイプの大怪獣、
基本的なストーリー展開も。目覚めた怪獣は船舶などを襲い、遂に大都市上陸。猛威を振るうも、兵器によって息の根を止められる…。
北極の氷の下からの目覚めや屈指の名シーンである灯台襲撃は『大怪獣ガメラ』へ影響。
偽りなく、王道怪獣映画の基が築き上げられた。
特撮はレイ・ハリーハウゼン。本作が本格的デビュー作。
リドサウルスの細かな動きはさすが。
ここからハリーハウゼン伝説が始まったかと思うと感慨深い。
円谷特撮を世界に知らしめた『ゴジラ』のように。その辺も似通っている。
怪獣映画の元祖という地位、特撮などは特筆すべき点だが、ドラマ部分は平凡。ツッコミ所多々。
怪獣は現れ暴れ、最後は人類の手によって倒されるに過ぎない。
『ゴジラ』のような突き付ける反核、反戦、科学へのメッセージ性、重厚なドラマ性、怪獣は恐ろしい存在ではあるが同時に悲劇的な存在でもある…。それらには乏しい。
が、リドサウルスの血液によって人間が倒れていく様は、『ゴジラ』の放射能汚染より恐怖感あり。
本作と『ゴジラ』は何かと比較され、指摘点にもなり、それは後々にも尾を引く。
アメリカにしてみれば、『ゴジラ』は本作のパクリ。
ハリーハウゼンも『ゴジラ』を盗作と非難。
東宝は否定。似通っているのは明らかだが、全部が全部同じじゃない。『ゴジラ』には『ゴジラ』のオリジナリティーがある。
日本では『ゴジラ』の後に公開された為、さほど人気は得られず。本作が『ゴジラ』のパクリと間違えられたりもしたとか。
エメリッヒは某巨大イグアナ映画を、本作のリメイクのつもりで撮ったと爆弾発言…。
どっちが先とか素晴らしいとか、いいとか悪いとか、人によってはそれが大事かもしれないが、個人的にはそういう問題じゃないのが持論。
『キング・コング』があって、本作があって、『ゴジラ』があって、怪獣映画という偉大なジャンルが誕生し、怪獣映画はどんどん進化。
今も、これからも受け継がれ、拡がっていく。作り続けられていく。来年は待望の日本ゴジラ最新作!!\(^^)/
先人たちが遺した遺産。
それら全てがレジェンドであり、元祖であり、“怪獣王”だ。
原子でなく原始怪獣
田中友幸にゴジラ製作の着想を与えた映画として怪獣フリークの間では有名な作品。プロット的に似た部分もあるがコンセプトは全く別物と言ってよいだろう。
北極の核実験で氷に埋まり冬眠状態だった恐竜が目覚め、帰巣本能で海流に乗り、船を襲ったり灯台を破壊したりしながら、かっての生息地だったニューヨーク沖に戻ってくるという設定。
実験場で怪獣の起こした雪崩で九死に一生を得た核物理学者トム・ネスピット博士のモンスター目撃談を誰も真に受けずショックでの精神錯乱と決めつけられる、憤懣やるかたない博士は古生物学の権威エルスン教授に助け船を求めますがとりあってもらえません、美人助手のリー・ハンターは氷漬けのマンモスの発見例もあることから興味を持ちます、彼女の助けから怪獣はレドザウルスの亜種と推定されます。レドザウルスは特撮のレイ・ハリーハウゼンの造形でT-REX似ですが尻尾を挙げて歩くのを嫌い引きずる4足歩行としたそうです、低予算から1体を使いまわした駒撮りと実写のフィルム合成です。キングコングフリークならではのお約束でニューヨークで大暴れ(電車を襲うのはゴジラの方だけです)、さすがにバズーカ砲にはまいったようですがあっさり殺られては盛り上がらないので血液が人に免疫のない古代のレトロ・ウィルスに汚染されているこじつけでとどめをさせません。幕引きは原作者のレイ・ブラッドベリが怪獣の骨組みのようだと称したコニーアイランドの遊園地のジェットコースター場、劣化ウラン弾のようなものを撃ち込まれもがきながら息絶えてしまいます。核実験は出てきますがゴジラのような放射能怪獣ではありませんし火器で退治可能、顔は怖いですが躯体は太めの短足で迫力もゴジラの比ではありません。初代ゴジラのアメリカ版では反核思想を嫌ってアメリカ人記者の体験談風に改ざんされたくらいですから反核のようなメッセージ性も無く純粋な怪獣娯楽映画です、秀逸な起承転結、プロットは以降の怪獣映画に多大な影響を与えたことは間違いないでしょう。
怪獣王の元ネタ…だけじゃない!
DVDで鑑賞(字幕)。
ゴジラ・シリーズ第1作の元ネタになった作品であり、本作が無ければ世界に誇る怪獣王は誕生していなかったのだと考えると、非常に感慨深いものがあるな、と…
日本では「ゴジラ」の公開後に上映されたらしく、本作の方が真似をしていると勘違いした人が多かったそうな…
原水爆実験により蘇った恐竜がニューヨークを襲撃し、人類が開発した秘密兵器によって息の根を止められる。…
ストーリー・ラインはゴジラ1作目とほぼ同じ。
しかし、同作には無かった設定として、リドサウルスの血には多量の放射能が含まれていると云うものがありました。
アメリカ軍の攻撃により出血し、その血が放つ多量の放射能の影響によって、逃げ遅れた人々が瞬時にバタバタ倒れていく描写はかなりショッキングなものでした…
ストップモーションを使ったリドサウルスの特撮は、レイ・ハリーハウゼンの堅実かつ工夫に溢れた演出が光っていて迫力がありました。暗闇の中、灯台を破壊するシーンが好き…
ゴジラ1作目との決定的な違いは、反核の要素が殆ど無いことです。原水爆実験は、あくまでもリドサウルスが出現する要因にしか過ぎません(記憶が曖昧ですが、劇中ではどこの国が行った実験かははっきりと明言されていなかったような…)。
二度の原爆投下。死の灰を浴びた第五福竜丸。…
戦争と水爆の記憶の生々しい日本だからこそ、同じような作品であったとしても、全くタイプとテーマの異なる怪獣映画になったのかもしれないと思いました。
※修正(2022/11/12)
全4件を表示