「もう通信機10台ぐらい積んどけよ!」クリムゾン・タイド jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
もう通信機10台ぐらい積んどけよ!
核ミサイルてんやわんや映画として一番有名なのはやはり1964公開スタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」でしょうか。
精神に異常をきたした空軍基地の司令官がB-52戦略爆撃機34機に対して、「R作戦」を実行するよう命令。「R作戦」とは敵の先制攻撃を受けて政府中枢機能が停止した場合に、下級指揮官の判断でソ連への報復核攻撃を行うことができるというもの。爆撃機は「特殊暗号無線装置」しか通信できず、その暗号は司令官しか知らない。なんとか暗号を入手し、爆撃機に攻撃中止命令を伝えるが、一機のみ「特殊暗号無線装置」が故障して中止命令が届かない…。
「博士の異常な愛情」はそんな設定の映画で、現場よりも大統領を含む司令部のてんやわんやがメインでした。
一方本作は現場がメインです。司令部の場面は一切出てきません。本作の現場は爆撃機ではなく弾道核ミサイルを積んだ潜水艦です。狭い艦内で火事は起こすわ、それで乗組員が死ぬわ、喧嘩はするわ、敵潜水艦に魚雷攻撃を受けるわ、沈没しそうになるわ、通信機は壊れるわ、艦長の犬は小便するわでもうてんやわんや。生真面目な副艦長ハンター少佐(デンゼル・ワシントン)はストレスmaxです。そんなところに司令部からロシアに対しての核攻撃命令が届きます。
命令に忠実にミサイルを撃とうとする艦長vs念には念を入れてもう一回確かめたい副艦長。二人の間には様々な対立要因が準備されています。
艦長vs副艦長
白人vs黒人
叩き上げvsエリート
じじいvs若手
実戦経験者vs未熟者
奥さんに逃げられ家族は犬だけvs妻子に囲まれるマイホームパパ
規律にこだわらないvs規律に厳しい
艦内はついに艦長派と副艦長派に分かれてお互いに武装し、内乱状態に。潜水艦という閉鎖空間で一触即発状態に陥った中で「ロシアの基地で核兵器に燃料を充填している」という情報が、さらに乗組員達の緊張を煽ります。で、すんでのところで通信機の修理が終わり「核攻撃中止命令」が届けられ予定調和的に一件落着。
「博士の異常な愛情」と本作の共通点は、「通信機」と「命令の授受」に人類存亡がかかっていること。「やっぱやめた」の命令がなかなか伝わらないこと。「通信ミスで人類が滅亡しちゃう!」というのをブラック・ユーモアで描いたのが前作、シリアスドラマで描いたのが本作です。製作費は前作180万ドルvs本作 5300万ドルと30倍ぐらいかかっていますが、面白さでは予定不調和の前作の勝ちでは?もう弾道核ミサイルを積んだ潜水艦には通信機を10台ぐらい積んでおいて欲しいものです。
本作のサブテーマである世代間の対立。単純な見方をすると艦長は「頭の固い老害」と悪者扱いされそうですが、ジーン・ハックマンの熱演のお陰で艦長は多面的で複雑な人格に描かれています。保守的な艦長もリベラルな副艦長もどちらも正しく、単純に正誤で線引きできないところが本作の怖いところでもあります。老いた艦長は若き副艦長に立場を譲り引退を決意するという健全なラストでした。
一方邦画で世代間の対立を描いた「魚影の群れ」という映画。レビューにも書きましたが若者は死に老いたものは栄えるという胸糞展開です。この映画の不健全さは誰のせいなのでしょうか。日本の若者にも明るい未来があるといいのですが。