「他人の人生が転落する様を安全な場所から眺めて楽しむ暗い悦び」グッドフェローズ jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
他人の人生が転落する様を安全な場所から眺めて楽しむ暗い悦び
1955年、ブルックリンに住む少年ヘンリー・ヒルは貧乏白人の暮らしに嫌気が差し、暗黒街の花形になることを夢見て地元マフィアの下で雑用のバイトを始めます。高校もやめ、気がつけばどっぷり裏社会に。若いのに羽振りの良い年上のジミー(ロバート・デ・ニーロ)、同年代のトミー(ジョー・ペシ)の3人は次々とでかいヤマを成功させ、ボスのポーリーにもがっぽり上納金を収め、可愛がられています。警察ともズブズブでやりたい放題の彼らには怖いものなどありません。ファミリーの一員として認められ、金も女も手に入れ、トントン拍子に裏社会の階段を登っていくヘンリー(レイ・リオッタ)。彼が成長しカレンと結婚するまでを50年代のオールディーズに乗せてノスタルジックに描いたのが「幸福な前半」です。
マフィア役はお手の物、デ・ニーロ(47)&ジョー・ペシ(47)を相手に頑張る若きレイ・リオッタ(36)の奮闘ぶりが楽しめる本作。映画はヘンリーの人生を時系列順に飛び飛びに概観していきますが、冒頭だけは順序が無視され1970年のシーンが挿入されます。ここが彼の人生の屈曲点になったようです。ここを境に3人の人生は一気に暗転していきます。この「幸福な前半」と「暗転する後半」のコントラストこそがマフィア映画の醍醐味です。ジェットコースターのように上下する他人の人生を安全で退屈な場所から概観するという暗い快楽こそが、映画を観る楽しみです。
前半のオールディーズと打って変わって、後半戦は怒涛のヒット曲ラッシュが楽しめます。
Baby I love you / Aretha Franklin
Gimme shelter / The Rolling Stones
Monkey man / The Rolling Stones
Sunshine of your love / The Cream
Mannish boy / Muddy Waters
Layla / Derek and the Dominos
My way / Sid Vicious
3人のリーダー格であるジミーと主人公ヘンリーはアイルランド系であり、組織の準構成員であるチンピラに過ぎません。彼らは一生組織の下働きの運命にあります。一方トミーは生粋のイタリア人であり「幹部」に推挙されます。マフィアの組織は人種の壁がぶ厚い序列社会であることが描かれます。これまで自分の部下として使ってきたトミーに「これからはお前がボスだ」というジミーのお祝いの言葉に、悲哀が滲みます。本作は準構成員の目から見たマフィアの世界を描いたため、他の組織との抗争とか、政治家との折衝とか、弁護士とのやり取りとか、組織の内紛とか、「ゴッドファーザー」が描いたような重厚で壮大な世界ではなく、あくまでせこい身近な出来事の羅列になります。ヘンリーが逮捕、留置されても組織から十分な支援は得られないため、自力で何とかしなくてはならず、そのためボスに禁じられているドラッグの売買に手を出してしまいます。庇護も薄いかわりに忠誠心も薄いのが準構成員たちであり、なにかあれば簡単に尻尾を切られてしまう存在です。本作はそんな一介の準構成員の立場の弱さを教えてくれる映画でもあります。ヘンリーは不運にも10年の刑を喰らい、ドラッグの売買に手を出し、妻と愛人が揉め、ポーリーからも見捨てられ、売り物のドラッグにもハマってしまい、もう抜けられない泥沼状態に。
一方ジミーもJFK空港のルフトハンザ金庫室襲撃という大仕事を成功させたものの、発覚を恐れて仲間たちを次々と粛清していきます。大金を手に入れた代償に、誰も信用できない不安と狂気に陥っています。
もともと抑制の効かないたちのトミーは些細な口論からガンビーノ一家のビリー・バッツを殺してしまい、それがバレてポーリーに粛清されます。上層部であるイタリア人世界の決定と処置であり、ジミーとヘンリーは手も足も出せません。
疑心暗鬼に駆られたジミーの粛清の標的がいよいよ自分と妻に回ってきたことを感じたヘンリーは、組織と仲間を売ることで生き延びることを選び、証人保護プログラムに登録することに。彼の証言のせいでポーリーもジミーも死ぬまで獄中に繋がれることになります。命は助かったものの、ヘンリーはこれまで得てきた全てを失い、報復に怯えながらこそこそと日陰に隠れて一生を過ごすことに。
「ファミリー」「グッドフェローズ」「ワイズガイ」というワクワクと心躍る言葉も結局は虚飾でしかなく、一旦自分の身に危険が迫ると自己保身第一で仲間の命も虫けら同然。そんなチンピラたちのみっともない実態があからさまとなり、映画は幕を下ろします。本作の登場人物にはいい奴も賢い奴もいませんでした。
wikipediaによると、マフィアには「血の掟」と呼ばれる十戒があるそうです。
1. 第三者が同席する場合を除いて、独りで他組織のメンバーと会ってはいけない。
2. ファミリーの仲間の妻に手を出してはいけない。
3. 警察関係者と交友関係を築いてはいけない。
4. バーや社交クラブに入り浸ってはいけない。
5. どんな時でも働けるよう準備をしておかなくてはならない。それが妻が出産している時であっても、ファミリーのためには働かなければならない。
6. 約束は絶対的に遵守しなければならない。
7. 妻を尊重しなければならない。
8. 何かを知るために呼ばれたときは、必ず真実を語らなくてはならない。
9. ファミリーの仲間、およびその家族の金を横取りしてはならない。
10. 警察、軍関係の親戚が近くにいる者、ファミリーに対して感情的に背信を抱く者、素行の極端に悪い者、道徳心を持てない者は、兄弟の契りを交わさないものとする。
準構成員にももちろんこの掟は適用されます。クラブに入り浸り、ボスに尋ねられたことに嘘をつき、妻と別れようとしたヘンリーはいくつも掟を破っています。ボスから見れば、ジミー、トミー、ヘンリーの3人は上納金を収めてはくれるものの掟を守らない厄介者に見えたことでしょう。1970年に制定された組織犯罪対策法(RICO法)とアイルランド人ヘンリーの裏切りがボスの命取りとなってしまいました。50〜60年代の黄金期に比べ、マフィアも生きづらい時代になってしまいました。
後に『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』のクリス・モルティサンティ役で有名になるマイケル・インペリオリがほんの端役で顔を出しています。