O侯爵夫人
劇場公開日:1996年2月17日
解説
現代フランス映画の巨匠エリック・ロメールが、38歳で拳銃自殺を遂げたドイツ・ロマン派の作家ハインリヒ・フォン・クライストの小説「O侯爵婦人」の忠実な映画化を試みた文芸作品。製作はロメールとともに製作会社レ・フィルム・デュ・ロサンジュ(菱形映画社)を主宰するバルベ・シュロデール(バーベット・シュローダー)と、ドイツのヤヌス・フィルムのクラウス・ヘルヴィッヒ。自然光を生かしつつ新古典派絵画を参照した審美性あふれる映像を生み出した撮影は巨匠ネストール・アルメンドロス。ロメールとは「パリところどころ」のロメール編「エトワール広場」以来『聖杯伝説』までの全作品および「海辺のポーリーヌ」で組んでいる。音楽は19世紀始めのドイツの軍楽隊の音楽をベースにロジェ・デルモットが作曲。革命後のフランス建築と美術を意識した美術はロカ・フォン・メレンドルフが担当。録音は「愛の昼下がり」のジャン=ピエール・リュー。編集は「愛の昼下がり」のセシル・デキュシス。出演者のエーディット・クレヴァー、ブルーノ・ガンツ。オットー・ザンダーらはいずれもペータ・シュタイン率いるベルリンの名門劇団シャウピーネ・テアターのメンバー。また将校の役でロメールもワン・シーン出演。76年カンヌ国際映画祭審査委員特別賞受賞。
1975年製作/103分/ドイツ・フランス合作
原題または英題:Die Marquise von
配給:シネセゾン
劇場公開日:1996年2月17日
ストーリー
イタリア北部のM市で奇妙な新聞広告が出た。未亡人O侯爵婦人が知らぬまに身ごもったので、父親に名乗り出て欲しいという内容である。この謎めいた事件の真相は……数カ月前の戦争で、Mの要塞がロシア軍に陥落した。司令官である大佐(ペーター・リューアー)の娘O侯爵婦人(エーディット・クレヴァー)は兵士達に襲われそうになったところをロシア軍の伯爵(ブルーノ・ガンツ)に助けられる。伯爵の手で安全な所に保護された侯爵夫人は鎮静剤を飲んで眠りにつく。大佐の名誉は守られ、大佐とその妻(エッダ・ザイベル)、息子(オットー・ザンダー)と娘の侯爵夫人は街中の屋敷に移るが、そこに伯爵が訪ねて性急に結婚を申し込む。夫の侯爵の死後男とは関わらない決心を固めていた侯爵夫人はなんとか時間をかせぎ、伯爵は公用でナポリに旅立った。そのあいだに伯爵夫人に妊娠の兆候が現れる。身に覚えのない彼女を当惑するが、大佐は一家の恥となった娘を屋敷から追い出し、彼女は郊外の別荘に引きこもる。ナポリから戻った伯爵は事情を聞いて「遅すぎたか」と呟く。彼は別荘に忍び込んで激しく求婚するが、侯爵夫人は拒絶する。こうして途方に暮れた彼女が、例の新聞広告を出したのだ。翌週、侯爵夫人はおなかの子の父から三日の日に大佐の屋敷に名乗り出るという広告が出た。娘の不倫を信じられない大佐夫人は別荘を訪ねて彼女をためし、無実を確信して娘を屋敷に迎え入れる。母の説得に父の大佐も疑いも晴れた。そして問題の三日の日に名乗り出てきた男とは、伯爵だった。要塞が陥落し、侯爵夫人を救った晩、彼女の眠っている間に操を奪ったというのだ。侯爵夫人は名乗り出た男と結婚するはずだったが、彼女は伯爵を悪魔と呼んで激しく拒絶し、両親のとりなしでやっと形だけの結婚を承諾する。子供が生まれ、その洗礼式が終わってまもないある日、屋敷を訪れた伯爵に、侯爵夫人はずっと彼を愛していたことを告げた。その後、二人のあいだにはロシアの血を引く子供がたくさん生まれたという。
スタッフ・キャスト
- 監督
- エリック・ロメール
- 脚本
- エリック・ロメール
- 原作
- ハインリッヒ・フォン・クライスト
- 製作
- バーベット・シュローダー
- クラウス・ヘルヴィッヒ
- 撮影
- ネストール・アルメンドロス
- 美術
- ロカ・フォン・メレンドルフ
- 音楽
- ロジェ・デルモット
- 録音
- ジャン・ピエール・ルー
- 編集
- セシル・デキュシス
- 字幕
- 池田香代子