「 後悔はなくとも、反芻するしかない心の傷を負った男の正直な愛の物語」ある愛の詩 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
後悔はなくとも、反芻するしかない心の傷を負った男の正直な愛の物語
一般的な学生運動が終息に向かっていた1970年の時代背景を感じさせず、若い男女の感情や恋愛心理を中心に描いた純正悲恋映画。それも名家の御曹司と家柄の釣り合わない女性との許されぬ結婚の困難さと、そこから幸せな新婚生活が難病によって突如として奪われる展開という、あまりにもベタで陳腐なストーリーでも、公開当時は大ヒットしたという曰く付きの作品です。この時代の潮流になっていたアメリカン・ニューシネマとは全く違う、古典的でオーソドックスな映画も当時の若者に求められていたことは、とても興味深いことです。ただ初見時は原作と脚本を兼ねたエリック・シーガルがハーバード出身の実体験から着想を得たと勝手に想像して真剣に観るのが一寸恥ずかしく思ったものですが、これは見当違いの思い過ごしでした。小説と映画のメディアミックスを意図した制作の強かさが予想以上に成功したようです。
この映画の良さは、先ずアリ・マッグローが演じたヒロイン ジェニファー・カヴァレリの自立した女性像にあると思います。名門ラドクリフ大学で学び、モーツァルトとバッハ、それとビートルズを愛する女子学生で、オリバーが裕福な家柄と知っても物怖じせず、知的で時に辛辣な言葉をオリバーに投げかけても嫌味にならない人間味があります。か弱さとは無縁の積極性を持ち、常に人生の目標を掲げ着実に前進する現代的な女性です。それは日本公開でキャッチコピー扱いだった(愛とは決して後悔しないこと)の英語台詞(愛とは、ごめんなさいを決して言わなくて済むこと)を喧嘩の後にオリバーに語る寛容さと拘りに表れています。お互いに言いたいことを言って喧嘩しても、そこに愛があれば謝る必要はない。何故怒ったのか理解し合うのが愛であるし、その度に謝っていたらよそよそしくなってしまう。ジェニファーがオリバーを純粋に愛しているから言える言葉になっていました。それを翻訳した(愛とは決して後悔しないこと)は真意からは微妙に違いますが、インパクトのある名訳です。ラスト義父フィルと父バレット3世に彼女の臨終を伝えるオリバーが涙を流すのを堪え抜いたのが、その答えになっています。この病院のシーンは悲しくも地味に感動的な場面でした。フィルを演じたジョン・マーリーの演技と、オリバーの為に娘と約束したという台詞が印象的です。父フィルに託したジェニファーの夫想いの優しさが推し量れます。そこからラストシーンになり、映画のファーストシーンに戻り繋がるというオリバーの追憶の語りの新古典主義。後悔はないものの、反芻(何度でも思い出す)してしまうオリバーの心に寄り添った演出でした。
もう一つの良さは、フランシス・レイ作曲のテーマ音楽の魅力でしょう。これは日本語の歌詞に直されて広く歌われて、翌年の「ゴットファザー」の愛のテーマと並んでこの時代を象徴する名曲です。それ以外にも「男と女」から影響を受けたと思われるイメージ映像とロマンティックな音楽の情感の盛り上げ方が奇麗に成されています。雪を食べたり、雪だるまを作ったりと、ふたりが子供のように戯れますが、実際にこんなところを目にしたら風邪を引きますよと言いたくなるような場面です。現実的ではなく、映画だけに許された表現です。それとジェニファーを初めてオリバーの実家に連れて行くのに、真冬にも拘らずクラシックなオープンカーなのが、さぞ寒かろうにと思ってしまう事です。厚手のコートにマフラーを巻いても、これも現実的ではありません。恋する若者の熱量は寒さを感じない演出と言うより、見た目の格好良さと二人の会話シーンを撮り易くした結果と想像します。
主演のアリ・マッグローは前作の「さよならコロンバス」では当時の開放的で進歩的な女性を演じて、今作の古めかしい恋愛映画でもその芯の強さを感じさせています。後に「ゲッタウェイ」で共演したスティーブ・マックイーンと一緒になったことで話題になりましたが、活躍の期間は短い。先日82歳で亡くなったライアン・オニールも70年代がピークの波瀾万丈の人生を送った有名人で、実子のテータム・オニールとの共演作「ペーパー・ムーン」が個人的には一番良かったと思います。父オリバー・カヴァレリのレイ・ミランドはビリー・ワイルダーの「失われた週末」とアルフレッド・ヒッチコックの「ダイヤルMを廻せ!」しか観ていませんが、この貫禄ある演技も印象的。現在から見直してとても興味深い出演者は、僅か数カットながらトミー(トム)・リー・ジョーンズがオリバーのクラスメイト役で出ていることです。私が認識したのが1978年の「アイズ」でフェイ・ダナウェイの相手役を務めた時で、この作品でデビューしたことを知りました。苦学してハーバード大学を卒業した経歴から役を掴んでも、その後1990年代の40代で漸く作品に恵まれるまで長い下積みが続きました。「メン・イン・ブラック」くらいしか観ていませんが、日本びいきのハリウッドスターで渋さと愛嬌を併せ持つキャラクターが好ましいです。
映画は後半が良く、前半はよくあるストーリーでしょう。ジェニファーの高額の治療費を父親に頭を下げてお願いするオリバーの場面がいい。理由を教えない息子に、女性とのトラブルかと疑う父親と、それを受け入れ本当のことを言わないオリバー。男親と息子のこの駆け引きの場面は、ラストの為のシーンであり、オリバーの男の意地が奇麗に表現されていると思いました。
映画の中で病状が悪化したジェニファーが、モーツァルトのイ長調のピアノ協奏曲の作品番号が思い出せないと気落ちするシーンが、その症状の辛さを窺わせます。同じモーツァルト好きとして、他人事ではない台詞でした。(たぶん二つのうちの一つ、23番のK488だと思います)