アパッチ砦

劇場公開日:1953年1月3日

解説

「荒野の決闘」のジョン・フォードがメリアン・C・クーパーと創立したアーゴシー・プロの第2回作品(1948)で、自ら製作・監督に当たった。ジェームズ・ワーナー・ベラの原作を「レッド・リヴァ」のフランク・S・ニュージェントが脚色、西部劇を得意とするアーチー・スタウトが撮影、「駅馬車(1939)」「果てなき航路」のリチャード・ヘイゲマンが音楽を担当した。主演は「炎の街」のジョン・ウェイン、「荒野の決闘」のヘンリー・フォンダ、「独身者と女学生」のシャーリー・テンプル、新人ジョン・エイガーで、その他「真珠」のペドロ・アルメンダリス、「果てなき航路」のウォード・ボンド、「男の敵」のヴィクター・マクラグレン、「ケンタッキー魂」のジャック・ペニック等、フォード作品常連や、アイリーン・リッチ、アンナ・リー、ディック・フォーラン、ガイ・キッビー等が助演している。

1948年製作/アメリカ
原題または英題:Fort Apache
配給:セントラル
劇場公開日:1953年1月3日

あらすじ

南北戦争で指揮官として失策したサースデイ将軍(ヘンリー・フォンダ)は大佐に階級を下げられ、インディアンとの紛争の絶えなかったフォート・アパッチの守備隊の司令官に任命された。彼は娘のフィラデルフィア(シャーリー・テンプル)を伴い赴任する。サースデイ大佐は無骨一点ばりの人間で、フォート・アパッチ守備隊に古くからいるヨーク大尉(ジョン・ウェイン)や、コリングウッド大尉とも、しばしば意見を衝突させた。大佐はこの地方の脅威アパッチ族を平定して武名をあげ、1日も早く将軍に復位することを夢見ていた。だからインディアンの情勢に詳しいヨーク大尉の計画に反対し、兵隊に毎日激しい訓練を課すのだった。部隊の古参軍曹の伜であるオルーク中尉(ジョン・エイガー)は若く凛々しかったので、いつしかフィラデルフィアと愛し合うようになっていた。サースデイ大佐は互いの家柄がちがいすぎると娘に警告を与えるが、オルーク軍曹夫人(アイリーン・リッチ)の努力により大佐の心も解け、2人の結婚式が賑やかに行なわれた。コリングウッド大尉はインディアンと講和を提案するが、折から軍事物資輸送の駅馬車がインディアンに襲撃されたため、大佐は一挙にアパッチ族の本拠を殲滅するべく出動を命じる。インディアンの戦法を知るヨーク大尉の計画を無視して、大佐は操典どおりの作戦計画を立てるが、反対に部隊はインディアンの包陣攻撃を受ける。サースデイ大佐をはじめ古強者は相ついで戦死を遂げ、ヨーク大尉はいったん後退を命ずるほかなかった。ヨーク大尉はサースデイ大佐の勇戦を上司に報告し、再び整備された部隊を率い、大佐の葬い合戦にのぼるのだった。

全文を読む(ネタバレを含む場合あり)

スタッフ・キャスト

全てのスタッフ・キャストを見る

関連ニュース

関連ニュースをもっと読む

映画レビュー

4.0 騎兵隊三部作、第一弾‼️

2026年9月27日
スマートフォンから投稿

楽しい

興奮

ドキドキ

ネタバレ! クリックして本文を読む
コメントする (0件)
共感した! (4件)
活動写真愛好家

4.5 フォンダとウェインの二大スターが競演する、騎兵隊司令官の名声と実態の対立

2026年5月6日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル、映画館

悲しい

怖い

驚く

ジョン・フォード監督(1894~1973)の第二次世界大戦後の西部劇シリーズ≪騎兵隊三部作≫の第一作にあたる作品で、フォード映画の二大スター、ジョン・ウェイン(1907~1979)とヘンリー・フォンダ(1905~1982)の競演が魅力の西部劇。初見は46年前になります。拙文に修正を加えて再録します。

この映画を観ることによって私のジョン・フォードに対する愛着は募る一方である。フォードの第一の美点である優れた構図のカメラワークには、その中の登場人物(役者としても)たちの真摯な姿を冷静でありながら広い愛で包み込んでいる豊かさがある。その意味では、チャールズ・チャップリンやジャン・ルノワールなど偉大な映像作家も同じなのだが、フォードにはどこか違ったところが私には感じられて仕方ない。それをフォードの“ゆとり”と言ってしまうと大変簡単ではあるのだが、その鷹揚さや悠然さも才能を自己評価した自信過剰なものでなく、どこまでも実に人間的なひとりの男らしい信念と愛情なのである。映画表現の違いはあるが、このフォードに最も近いのは、例えば「アマルコルド」のフェデリコ・フェリーニ監督かも知れない。またチャップリンもルノワールもヒューマニズム作家であると同じように、フォードは家族とか騎兵隊という人間の根本的な集団を好んで描く点において最も人間味あふれる映像作家であると言えるだろう。つまり生活に密着した人たちの集団がフォードの愛してやまない人々なのである。
この作品は、いわゆるフォードの騎兵隊三部作(The Cavalry Trilogy)の第一作である。主人公は、己の功名心から焦り、部下たちを結局はアパッチ族に壊滅させられる憂き目に遭わせる傲慢な司令官である。フォードは、この危険で独善的な人間を最後まで冷静に描いている。その客観的な視点は、あまりにも超人的であり、それにより、もう一つの視点、つまり意味もなく死んでゆく騎兵隊員の悲劇として、敢えて感情を狭間ず、抑制的な戦争叙事詩にしている。誰もがこんなリーダーの元で仕事をしたくない、と思わせる冷酷さがあり、フォードはそんな人間の哀れな運命というものをじっと見つめている。主人公は、ここアパッチ砦に派遣されたことが屈辱だった。ひとり娘と一緒に訪れた彼は既に自暴自棄の意固地になっており、彼の中では、ならばここで殉職と考えていたに違いない。しかし、そのような格好のよいチャンスなどあるはずもない。一生に一度あるかないかであり、殆どなくて死んでしまうのが人間だ。それを知っての無謀な戦いに固執してしまう人間の愚かさの悲劇。私は、ラストの壮絶な死の描写にフォードの諦観の想いを感じて、感動せざるを得なかった。そして、新聞の英雄伝とは正反対の人間の無残な姿、それに相応しい悲劇の結末に涙がこぼれてしまった。
1980年 7月24日  フィルムセンター  (125分)

原作は、1930年代から1950年代に活躍したジェームズ・ワーナ・ベラ(1899~1976)という西部小説作家の短編小説。≪騎兵隊三部作≫の「黄色いリボン」「リオ・グランデの砦」も同じ短編集から創作されています。そして、脚本にはフォード監督自らスカウトした映画評論家出身のフランク・ストーリングス(1894~1968)があたり、その後10作品で脚本を担当しました。戦後初の西部劇「荒野の決闘」(1946年)では20世紀フォックスにより30分もカットされ、自分が思うような作品を発表出来ないジレンマからか、盟友メリアン・C・クーパー(1893~1973)と共に独立し、制作会社アーゴシー・プロを立ち上げての第二作目。独立プロゆえ興行面の成果をあげることを意識しながら、「荒野の決闘」でみせた戦争体験からの諦観の世界観が、後の2作品と比較して色濃く反映された娯楽西部劇の形を取っています。「黄色いリボン」の詩情、「リオ・グランデの砦」のアクションとホームドラマの爽快感とは特質を異にして、前半のユーモアから転化していく戦場の過酷さと非情さが特徴です。

ヘンリー・フォンダ演じるオーエン・サースディ中佐のモデルが、南北戦争(1861年から1865年)で活躍し23歳で北軍の義勇軍少将となったジョージ・アームストロング・カスター陸軍中佐(1839~1876)で、ネイティブアメリカンとのリトルビッグホーンの戦いで36歳の生涯を閉じました。24歳で結婚するも子供はいなかったようです。3歳年下の妻はカスターの死後伝説化した名誉を守り続けたようです。実際は当時のグラント大統領のネイティブアメリカン政策に従ったカスター中佐の行動として、それでも失策の批判がありながら、白人社会の世間的には西部の英雄と祭り上げられていました。その為サイレント時代から多くの作品の題材となりましたが、映画界の扱いが変化したのは、1970年のアーサー・ペンの傑作「小さな巨人」からです。つまりそのアメリカン・ニューシネマを10年も先取りしたのが、フォード監督だったのです。ジョン・ウェインが演じたもう一人の主人公カービー・ヨーク大尉は、ネイティブアメリカンの行動や作戦に精通した優秀な副司令官で、交渉場面でもネイティブアメリカンに理解を示し、無意味な争いを避ける良識を持っています。彼のような軍人なら部下も忠誠を誓う価値がある理想的な人物像でした。この価値観と現場の経験が違う士官同士の対立にこそ、この映画が訴えたい騎兵隊内部の実状があります。この上意下達の軍規をテーマにしたのが、ハンフリー・ボガート主演の「ケイン号の叛乱」(1954年)です。いくら優秀な人材がいても、トップのリーダーが間違えると、その組織が壊滅する社会の仕組みは、軍隊では死を意味します。フォンダの何処か追い詰められた軍人の演技と、ウェインのその状況下で最善の選択をする冷静沈着な演技の比較も見所です。そして、この娯楽西部劇のヒロインで登場するシャーリー・テンプル(1928~2014)の出演も興行面を意識したキャスティングと言えるでしょう。1930年代主に20世紀フォックス映画の子役の人気スターであったテンプルは、17歳で運命的な出会いをしたジョン・エイガー(1921~2002)と結婚し、この作品で共演しています。エイガー演じるマイケル・オローク中尉はウェストポイントのアメリカ合衆国陸軍士官学校卒のエリートでサースディ中佐と時期を同じくしてアパッチ砦に配属されて、テンプルの令嬢フィラデルフィアと恋仲になる役回り。プライベートを綺麗に生かした脚本と演出でした。スペイン語の通訳を兼ねるビューフォート上等兵のペドロ・アルメンダリス(1912~1963)は、「逃亡者」(1947年)に続く出演で、1948年の同年制作の「三人の名付親」で好演したメキシコ出身の性格派俳優。マイケルの父オローク軍長役のワード・ボンド(1903~1960)と酒好きのマルカーヒー軍曹役のヴィクター・マクラグレン(1886~1959)は“フォード一家”の主要メンバーです。更にコングウッド大尉にサイレントの名作「サンライズ」(1927年)に主演したジョージ・オブライエン(1899~1985)と、その妻に「わが谷は緑なりき」のアンナ・リー(1913~2004)、マイケルの母にアイリーン・リッチ(1891~1988)、綺麗な歌を披露するクインキャノン軍曹に歌手兼俳優のディック・フォラン(1910~1979)、ウィルキンス医師に「スミス都へ行く」「三人の名付親」のガイ・キッビー(1882~1959)、そして「荒野の決闘」で悪党クラントン家の息子役だったグラント・ウィザース(1905~1959)が武器商人として出演しています。この銃と酒の取引をする白人の商人が、ネイティブアメリカンにとっても諸刃の剣的存在だったことが分かります。これらベテラン俳優の地味ながら存在感ある演技は、フォード監督の演出の元、それぞれに個性的な味を醸し出していてカメラワークに収められている。殆どクレジット無しの出演が多かった脇役ジャック・ペニック(1895~1964)が、シャダック軍曹でその個性的容貌で目立つ存在なのも嬉しい。これら前半におけるアパッチ砦に生活する主要人物たちの生き生きとした姿の平穏があって、後半の緊張感のある展開が際立つ構成の巧みさです。アンナ・リーの大尉夫人のところに夫の転任許可の知らせが入るも、進軍する大尉を連れ戻さない軍人の妻の覚悟を入れたことで悲劇を予想させると同時に、当時の前哨基地まで妻を同伴することがごく一般的だったことを改めて思います。実際カスター将軍(死後)の妻エリザベスも12年の結婚生活を比較的近い場所で過ごしたといいます。西部開拓の伝統の延長線にあった辺境の地において、女性の存在が軍人の士気と任務に深く関わっていたことで、フォード映画の人間ドラマの特質をより価値あるものに高めました。

撮影は「太陽は光り輝く」(1953年)のアーチー・スタウト(1886~1973)で、モニュメントバレーを雄大に捉えたカメラワークが素晴らしい。室内シーンはサイレント時代からのベテランらしく基本に忠実なアングルでした。白黒の映像美は、特に鮮明ではなく、薄い濃淡の柔らかさが特徴です。音楽は「駅馬車」(1939年)「三人の名付親」などのリチャード・ヘイグマン。場面にあった音楽を丁寧に的確にあてて、「三人の名付親」より控えめな音楽でした。フォード演出では、「駅馬車」のクライマックスを彷彿とさせる6頭馬車の疾走シーンが流石の迫力です。

ジョン・フォード作品は、今日まで30作品を観てきました。観直したいものも多く、未見の名作もまだまだありますが、好きな映画を100点満点の採点で整理してみます。
①わが谷は緑なりき ☆☆☆☆★★★
②駅馬車 ☆☆☆☆★★
③怒りの葡萄 ☆☆☆☆★★
④捜索者 ☆☆☆☆★★
⑤男の敵 ☆☆☆☆★
⑥荒野の決闘 ☆☆☆☆★
⑦静かなる男 ☆☆☆☆★
⑧アパッチ砦 ☆☆☆☆★
⑨リバティ・バランスを射った男 ☆☆☆☆★
⑩太陽は光り輝く ☆☆☆☆★
⑪周遊する蒸気船 ☆☆☆☆
⑫ハリケーン ☆☆☆☆
⑬三人の名付親 ☆☆☆☆
⑭黄色いリボン ☆☆☆☆
⑮リオ・グランデの砦 ☆☆☆☆
⑯長い灰色の線 ☆☆☆☆
⑰馬上の二人 ☆☆☆☆
⑱タバコ・ロード ☆☆☆☆
⑲若き日のリンカン ☆☆☆★★★
⑳ギデオン ☆☆☆★★★

☆20点 ★5点

コメントする (0件)
共感した! (3件)
Gustav

3.5 美しいモニュメント・バレーを背景とした快作

2025年6月8日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

単純

興奮

ドキドキ

ネタバレ! クリックして本文を読む
コメントする (0件)
共感した! (1件)
たけはち

4.0 【組織の長がヒエラルキーに拘り過ぎ、且つ思想の違う人たちを否定的に観た結果の悲劇をジョン・フォード監督が見事に喝破したそれまでの西部劇には無かった描き方をした作品。今作は現代でも通用する作品である。】

2024年10月19日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

知的

難しい

■ネイティブ・アメリカン、アパッチ族との戦いが続く“アパッチ砦”に左遷されたサースデイ中佐(ヘンリー・フォンダ)。
 功を焦る彼は先任将校のヨーク大尉(ジョン・ウェイン)と先住民族のネイティブ・アメリカンに対する思想の違いや、組織の中のヒエラルキーへの拘りの違いから衝突を繰り返し、砦に不穏な空気が流れ始める。
 そんな中、アパッチ族蜂起の知らせが伝わる。
 サースデイは功を挙げるために他の将校の反対を退け、部隊に出動を命じる。

◆感想

・今作で、ジョン・フォード監督が見事に喝破した事はレビュータイトルに書いた通りである。
 サースデイ中佐は、赴任当初から“アパッチ砦”に赴任した事を恥じ、功を挙げようと必死になる。
 序盤は、その辺りがユーモラスを交えて描かれるが、中盤からは一気にシリアスになって行くのである。

・この、サースデイ中佐の思想は、現代社会でも面々と哀しき事に引き継がれている。アメリカ及び一部の欧州各国で言えば、自国ファースト主義が台頭し(今作で言えば、サースデイ中佐がネイティブ・アメリカンを【絶対悪】として捉えている点である。)難しい問題があるのは重々承知しているが、移民を排除し、有色民族に対して敵意を持つ思想である。

・今作では、ネイティブ・アメリカンの族長たちが、直々に自分達の考えをサースデイ中佐に伝えるシーンがキチンと描かれている。
 これも、今までの西部劇には無かったシーンである。
 ジョン・フォード監督の、先住民族であるネイティブ・アメリカンの位置づけをキチンと描いている先見性には敬服する。

■尚、余計な事かも知れないが、私は数年前から”インディアン”という言葉は使わない。”インディアン”とは、後からアメリカ大陸に来た白色人種の造語であるからである。
 日本で言えば、アイヌの人達を”蝦夷民族”と呼ぶのに近しいものがあると思うからである。

<今作は、予想通りサースデイ中佐が率いる舞台は、悲劇的な最期を迎える。これも当時の西部劇としては画期的な事である。
 商業的に言えば、不興を買ったと思われるが、それでもジョン・フォード監督は真実を美化する事無く描いている。
 ジョン・ウェイン演じるサースデイ中佐の前任者であるカービー・ヨーク大尉の、哀し気な表情が印象的な作品である。>

コメントする (0件)
共感した! (4件)
NOBU