「栄光と挫折 反発と支配欲 その果て」アナザー・カントリー とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
栄光と挫折 反発と支配欲 その果て
青年期におけるアイデンティティ構築のプロセス?
寄宿舎ってこんななのね。寄宿という点で、ハリポタや漫画『ト―マの心臓』『摩利と新吾』を連想しながら観てしまいました。
でも、印象がずいぶん違う。軍人学校を舞台にした『タップス』に近いかな。
上級生と下級生の格差。下級生はほとんど召使。
上流階級の子弟しか入学できないエリート校の寄宿生だから、家柄もお金も程よくある家の子弟で、家では召使・執事なんかがいるんだろうなあ。だけど寄宿舎ではプレスまで自分でやるんだなあ。身だしなみを整えることまで教育の一環なんだなあ、などと映画の趣旨とは違うところで感動、異文化体験をしてしまいました。
罰も、ムチによるお尻たたき。子供じゃあるまいにって、かえって青年期に子供のような罰を皆の前で与えられる精神的屈辱の方が、肉体的苦痛より痛手とわかっているうえでの罰なんじゃないかと思ってしまいました。
プライドのみで生きているメンツにとって、プライドを踏みにじられる以上の痛手はないから。
終わった後に、やられた方が鞭打った相手にさわやかに挨拶する。エリートって、心で怒って、顔ではスマイル。下流階級を表すときに「直情型」という表現を使うけれど、上流階級なら、そういう顔芸も教養の一つ?
こうやってエリートを育てていっているのね。「今まで我慢してきたのに、今ここで辞めてたまるか」って、こうやって地位にしがみつく人々も養成しているのか。
パブリックスクールでの青年男子の生態を描いている?映画。
主人公ガイは自信過剰。自分は体制のトップとしてやっていけると思っているし、恋人への愛も想いがコントロールできずにとも見えるが、自分だったらうまくやっていけるというおごりも見える。
そこに共産主義者に傾倒している青年トミーもいて…。
群像劇?
国の中枢を担うべく育てられたエリートが、何故国を裏切るスパイになったかを描きたかったのか? つまり、青年期からの経験の一つ一つが、人生を決めると?
制作国イギリスでは有名な事件を舞台化したものを映画にした作品らしい。その事件や劇を知らない身には、映画だけは繋がりが見えないところも多い。
同性愛。この映画の制作年代では、映画として同性愛を取り上げること自体がまだ珍しかったと聞く。とはいえ、日本では、『トーマの心臓』『ポーの一族』『風と木の詩』等漫画があり、これ等の漫画で描かれる関係性の方が丁寧に描かれている。それと比べると、この映画の描写では、主人公が情熱に浮かれている場面はあるが、一生ものの同性愛者であるようには伝わってこない。母と連れ立つ場面なんかがエピソードとして入っていると、本当の同性愛者と言うより、母との絆を断ち切るため、母への反発の為に一時的に現れる嗜好のように見えてしまう。一過性であっても、かなり強烈に「女なんか愛さない」と思いこむあの時期。それこそ、ジグムント・フロイトの精神分析の理論がそのまま当てはまるような、同性愛の描写。ギリシア神話のナルキッソスのような…。
それにしても日本で私が堪能していた漫画の寄宿舎とこの映画の寄宿舎の違い。
この映画では、栄光を掴むための、権謀・勢力争いがメインに描かれる。
でも私が熱中していた漫画『ト―マの心臓』にしても、漫画『摩利と新吾』にしても、ヒール役はいるものの、基本、仲間の為に寮生や教員が力を合わせて難局を乗り切ろうとする姿が描き出される。勿論、どうしても恋人としてしか新吾をみられない摩利と、どうしても親友としてしか摩利をみられない新吾という切ない部分他があぶり出されてくるから、ハッピーエンドではないのだけれど。
実話ベースと、フィクションの違いなのだろうか。焦点の当て方の違い、映画で描きたいものの、違いのように思う。
つい、”同性愛”の部分に着目してしまうが、
主人公を演じたエヴェレット氏のインタビューによると、ガイとトミーの友情の物語だとのこと。
ガイとトミーは同室なので、いろいろと話をする。同性愛者ではあるものの、国の中枢を担う要人になる気満々のガイ。当時の新しい思想として、階級を排し、”平等”を説く共産主義に傾倒するトミー。その二人の思想の対比。支配階級に拘るガイから、同性愛を巡って”差別”という言葉が発せられる矛盾。社会へのアプローチも、性的嗜好も違い、議論する二人だが、でもそこに友情があることは示される。反対に、支配階級ポジションを争う点では同じ思想を持つ同級生とは、お互い足を引っ張り合い、出し抜くことしか考えない。紳士的な言葉を言いながら。
そんな人間模様も面白い。実は、哲学的にも、ものすごい思想を内包した映画なのではと思えてくる。
とはいえ、元々舞台劇でもあり、あまり深くは突っ込まない。
ガイがスパイとなった理由。私には、エリートから排除された腹いせ。歯車の一人としての生活に甘んじることができず、スパイとなって、裏から社会をコントロールするイメージのある”重要人物”として、自分を認識したいがために、スパイとなったようにしか見えない。自分を受け入れない”上流階級”を破壊したい欲求。決して、トミーのような社会的福祉のための”平等”ではない。1930年代第二次世界大戦への序章。イギリスとソ連は同盟国。終戦~1980年代は、鉄のカーテン、冷戦と、資本主義国家 VS 共産主義の時代。イギリスとソ連は敵。
トミーの影響で、ガイがソ連に傾倒したという人もいるが、トミーはスペイン内戦にてファシズムに殺されるという設定。スペイン内戦。ヘミングウェイとか、ピカソの『ゲルニカ』とか。トミーだけじゃなく、事実多くの著名人が、ファシズム打倒のため、参戦した。今の、ウクライナへの義勇軍と同じように。だから、トミーの影響と言うのなら、一緒にスペインに行くと思うけれどな。
語られていない部分も多く、映画としては物足りない。
けれど、格式高い風景の中で、シルクハットとか、上級階級の洗練された着こなし、身のこなし。好みは分かれるけれど、美男が動き回る。そんな様子を見ているだけで眼福。
青春の一場面。
上記の漫画や、『タップス』『トムクルーズ/栄光と挫折』『桜の園』『桐島、部活やめるってよ』とかと比較して観ると面白いかも。