赤い影

ALLTIME BEST

劇場公開日:1983年8月19日

解説・あらすじ

「美しき冒険旅行」のニコラス・ローグ監督が、「鳥」「レベッカ」などのヒッチコック作品で知られる作家ダフネ・デュ・モーリアの短編「いま見てはいけない」を映画化したオカルトスリラー。娘を水難事故で亡くしたイギリス人夫婦ジョンとローラ。教会を修復するジョンの仕事のためベネチアへやって来た彼らは、そこで年老いた姉妹と出会う。霊感のある盲目の妹ヘザーは、夫妻の亡き娘クリスティンの姿が見えるという。さらにヘザーは、クリスティンが夫妻にベネチアを去るよう警告していると話すが……。ジョンを「M★A★S★H マッシュ」のドナルド・サザーランド、ローラを「ドクトル・ジバゴ」のジュリー・クリスティーが演じた。

1973年製作/110分/イギリス・イタリア合作
原題または英題:Don't Look Now
配給:日本ヘラルド映画=ヘラルド・エース
劇場公開日:1983年8月19日

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(C)Tamasa Distribution

映画レビュー

4.5 精神の迷宮、ベネチア

2025年11月6日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

1973年のこの映画を、20年以上ぶりに4K UHDで再見しました。
古いホラーだと思って観ると、その独特の質感に驚かされます。恐怖よりも“神的”なものを感じる、非常に稀な作品だと思いました。

本作の核にあるのは「理性と感覚」「見ることと信じること」の対立です。
主人公のジョンとローラは、事故で幼い娘クリスティを失った夫婦であり、深い悲しみと喪失感を抱えながらベネチアに滞在しています。そこで出会う盲目の霊能者の姉妹や、不可解な予兆、赤い影の出現――それらは単なる怪異ではなく、二人の“魂の位相”を映し出す鏡のように作用します。

印象的なのは、舞台となるベネチアという街の扱い方です。
この街はまるで“精神の迷宮”のように描かれています。
路地は複雑に入り組み、ときに行き止まりにぶつかり、橋を渡るたびに違う角度から風景が反射し、方向感覚が失われていく。ジョンが街の中で迷っていく様子は、そのまま彼自身の内的混乱――「娘を救えなかった」という罪責や後悔、否認の心理――を具現化しているように見えます。

一方でローラは、盲目の老女から「娘がそばにいる」と告げられ、むしろその“見えないもの”に心を開いていきます。彼女は迷宮の中で“出口”の方向へ進む人物であり、逆にジョンは“奥深く沈んでいく魂”として描かれます。二人が同じ街を歩きながら、まったく違う精神の道を辿っているのです。

本作では赤と青の色彩も重要な象徴となっています。
娘が死んだスライドに赤い血がにじむショットは、ジョンの運命を決定づける“死の色”であり、彼が否認し続けてきた感覚そのものです。対照的に、ところどころに差し込まれる青は“冷たさ・理性・静性”を表し、赤の奔放さとぶつかり合って独特の緊張感を生んでいます。この赤と青の対比は、夫婦の対照性、ジョンの二重の精神、そして“見えるものと見えないもの”の距離を象徴的に浮かび上がらせています。

また、夫妻の性愛シーンを日常の動作とクロスカットするモンタージュは、肉体的な親密さと日常の時間がひとつに融合した、非常にローグらしい編集でした。あの場面は「喪失によって引き裂かれた二人が、一瞬だけ再びつながろうとしている時間」であり、同時に“生”の実感を取り戻す儀式のようにも感じられます。

物語終盤、ジョンは赤い子供の姿を追いかけ続けますが、それは娘への想い、記憶、罪悪感、そして自分が否認し続けてきた“霊的な兆し”そのものです。合理性に縋り、本能や直観を封じ込めて生きてきた彼は、その否認した感覚によって逆に運命へと導かれ、ついには迷宮の最深部――“死”へと到達します。これは罰というより、「否認してきた魂の帰着点」として描かれているところが、この映画の神秘性と静かな美しさを成立させています。

ベネチアという“沈みゆく聖なる街”が舞台である理由も明確です。
腐りゆく建物、満ちては引く水、反射する光、迷路のような路地――すべてがジョンの内面と共振しています。ベネチアは“死者の街”であると同時に“聖性の街”でもあります。その二重性が、映画全体に「ホラーでありながら恐怖ではなく畏れを感じる」独特の空気を与えているのだと思います。

ホラー映画には珍しく、悪意や邪悪さを中心に置いた作品ではありません。
むしろこれは、「傷ついた人間が、自分の内にある見えないものにどう向き合うか」という霊的な物語です。ジョンは理性にしがみつき、ローラは信仰を回復する。その分岐が、最終的な運命の差として可視化されていく構造は見事でした。

『赤い影』は、ホラーの形式を借りながら、
“迷宮としての精神”と“迷宮としてのベネチア”を重ね合わせた、極めて美しい悲劇だと思います。
恐怖よりも、喪失と浄化の映画。
再見すると、若い頃にはまったく気づかなかった深みが浮かび上がってきて、まさに“大人になって初めて分かる映画”でした。

鑑賞方法: 4KUHD Blu-ray

評価: 92点

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neonrg

3.5 【”真紅のレインコートと水と予知夢。そしてベニスに死す。”今作は、娘を湖で亡くした夫婦がベニスに行った際に、町のあちこちで見る紅い影に翻弄されるサスペンスである。】

2025年9月23日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

怖い

知的

■真紅のレインコートを着た娘クリスティンを、家の前の湖で亡くしたジョン・バクスター(ドナルド・サザーランド)とローラ(ジュリー・クリスティ)。
 数カ月後、教会を修復するジョンの仕事のためベネチアを訪れた二人は、霊感のある初老の姉妹ヘザー(ヒラリー・メイソン)とウェンディ(クレリア・マターニア)と出会う。
 娘が亡くなったことを言い当てた姉ヘザーは、ベネチアを去らなければ夫の身に危険が及ぶとローラに警告する。

◆感想<Caution!内容に触れています。>

・劇中に屡々現れる”真紅”の映し方が印象的な作品である。真紅のブーツ、真紅の服を着てベニスの街中を走り去る”少女”。

・ジワジワと、不穏感が画面を覆って行く様は、ナカナカである。

・ベニスの水路から上がる、女性の水死体。細かい説明はないが、ジョンに危険が及んでいく様を暗示しているのである。

・そして、ラスト。暗いベニスの街中を走る紅いレインコートを着た小柄な人物。だが、追いついたジョンに振りかざされる狂った老婆の刃。そして、流れる鮮血。
 その後、ゴンドラに乗せられた棺を彩る真紅の旗。

<今作は、解釈を委ねられるが、序盤に屡々登場する真紅の服を着てベニスの街中を走り去る”少女”は、父、ジョンに危険を知らせるクリスティンであったと思う。
 今作は、娘を湖で亡くした夫婦がベニスに行った際に、町のあちこちで見る紅い影に翻弄されるサスペンスなのである。>

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NOBU

4.0 Englishman in Venezia

2024年3月6日
iPhoneアプリから投稿

怖い

興奮

水の都の華やかさとは無縁の陰鬱なベネチアの描写、すべての登場人物が怪しくみえてくる不気味さ、
「いま誰の視点で語られているのか」を絶妙に分かりにくくした演出もとにかく不安を煽ります。

大仰なラストシーンはイタリアンホラーのような趣で好みでした。

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movienoyuya

3.0 美し水の都、ベネチアのイメージを よくも不吉な、 嫌なイメージにし...

2022年11月25日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

美し水の都、ベネチアのイメージを
よくも不吉な、
嫌なイメージにしてくれたものだ。
この映画だけでベネチアを見ると、
観光に行くのが嫌になるw
赤いレインコートの少女を追って、
最後追いついた時の衝撃、
なんともいえぬ味わい。
映画をジャンル分けする時、
これはオカルトになるのか、
サスペンスになるのかどっちだろう。

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あとぅーし