千姫と秀頼

劇場公開日

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解説

三上於菟吉の原作を「お姫さまと髭大名」の高橋稔と、安田重夫が共同で脚色。「若き日の次郎長 東海道のつむじ風」のマキノ雅弘が監督した悲恋もの。撮影は「ひばり・チエミの弥次喜多道中」の山岸長樹。

1962年製作/85分/日本
配給:東映

ストーリー

元和元年五月、大阪城最後の日--。秀頼の妻千姫は、坂崎出羽守によって大阪城より救出された。“千姫を救ったものに千姫を与える”との家康の言葉を信じ顔面に大火傷を負いながら千姫を救出した出羽守だった。が、家康の懐ろ刀本多佐渡守は、千姫を本多平八郎の妻にするよう家康に進言した。佐渡守は本多一族の栄華を計ると共に、武名高い出羽守一族を滅ぼそうという狙いだった。約束を反古にされ、武士の誇りを傷つけられた出羽守は、屋敷に引きこもって酒びたりの生活を送っていた。あくまで、出羽一門の取り潰しを狙う佐渡守は、千姫の輿入れの日、花嫁行列を出羽守門前に進め、これみよがしにみせびらかした。面目をふみにじられた出羽守は、家臣の制止も聞かず、行列に飛びかかったが、待ち構えた鉄砲隊に倒された。それを知った千姫は、本多家に輿入れした後も、秀頼と出羽守の位牌を寝室に祀り、平八郎を寄せつけなかった。互いに相手を傷つけあうだけの生活、平八郎は酒におぼれ、やがては病に冒され哀れな最後を遂げた。秀頼、出羽守、平八郎と不幸な死に追いやった千姫は、この頃から徳川の政略をのろい、家をのろって、徳川の名を恥かしめるため、次々と、狂気の振舞に出た。この狂気の振舞は、武士と町人とを問わず続けられた。この狂乱の千姫に意見の全てを言いつくして切腹した浪人者があった。この浪人は、片桐且元の身寄りで豊家の忠臣片桐隼人だった。この諌言に千姫は最後の決心を固めて江戸城へ乗りこんだ。家康の自前で、豊家の紋所をつけた小袖を着て舞う千姫に、家康は家の犠牲となった一人の女の不幸をみた。千姫はこの日を境に尼の生活に入るのだった。

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映画レビュー

3.0千姫の物語・・

亮一君さん
2016年11月7日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

大坂夏の陣で敗れた豊臣秀頼の妻の千は、幼いとき人質のように嫁入りをした。千は家康の孫で、千姫と呼ばれとても可愛がられた。秀頼の亡き後は家康の元に戻ったが、情けの深い千姫は秀頼のことが忘れられず・・時代劇を映画館で観るのも、集中出来ていいかも。1962年の東映作品。

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亮一君
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