劇場公開日 2003年12月13日

「柔らかく切実に、そして大胆に」ジョゼと虎と魚たち(2003) marumeroさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 柔らかく切実に、そして大胆に

2025年8月14日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

悲しい

斬新

身体的な障がいと、祖母による狭窄的で抑圧的な生活環境が、彼女を貝殻にしました。壊れもんの分。
貝殻は海の底を転がるだけ。それでも寂しくはないと言う。はじめからなんにもないんだ、と。
そんな彼女は恒夫と出逢い、泳ぎました。魚を知り、恐い虎を知り、彼とこの世で一番エッチなことをするために。
そのとき彼女は幸せに違いないでしょう。最上の幸福です。性愛の極みです。
「貝殻が泳ぐのか?」
彼の何気ない言葉に、彼女の目は海の底を写します。そこはもう寂しさのない元の場所ではありません。魚を知った、虎を知った、エッチを知った、愛を知った。ひとりぼっちで転がり続ける海の底は寂しいでしょう。
それでも彼女は言う。「でもまぁ、それもまた良しや。」
彼女の世界、海の底は、不幸な世界などではないのです。彼女は幸せを知っているのです。
だから生きることに逞しくなれるのでしょう。

セリフ構成がとにかく素晴らしいですね。名ゼリフというと少し違う気がします。何気なく放たれた言葉に真実味が溢れているのです。ホロリと溢れた言葉にずっしりと重みを感じるのです。それらが物語に流麗に溶け込んでいるのです。恒夫の繊細さを欠く言葉も、ジョゼの少し飾った言葉も、全てがキャラクターとともに生き生きとしています。

原作小説は読んでおりませんし、後のアニメ版も韓国でのリメイク版も知りません。もしかしたらそれらは一生観ることはないかもしれません。そう思わせるだけの圧倒的な魅力が、本作と池脇千鶴さん演じたこのジョゼにあるように思います。素晴らしい演技というだけでは言葉が足りず、元来の声質だったり、小柄な体型(それでいてちゃんと女性らしくもあり)だったり、見窄らしさや押し入れがよく似合う空気感だったり、その魅力を引き出す衣装や小道具だったり撮影だったり、これら全てがジョゼというキャラクターを最上に仕上げたように思います。
一方、恒夫の中途半端な好奇心や正義感や、香苗の露骨な嫉妬など、登場人物たちは、実にピュアでありながら飾り立てず痛々しいほどの等身大です。実に平凡的で人間的ですね。だからこそ観る者を作品にすうっと感情移入させるのでしょう。

障がい者を扱うデリケートな物語を、隅々まで柔らかくも切実に、繊細でありながら大胆に世界観に仕上げた、他に類をみない作品だと思います。

marumero
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