劇場公開日 2003年12月13日

「海底で転がる貝は何を思う?」ジョゼと虎と魚たち(2003) とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0海底で転がる貝は何を思う?

2020年12月6日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

萌える

暗く何もない世界ではなくて、
(世界のすべてではないが)いろいろなものを目にして、聞いて、喜怒哀楽、寂しさも含めて、さまざまな経験を心にとどめて生きていく。

それはつらいことに取りつかれて苦しさに覆われてしまうかもしれない。悲しみにおぼれるかもしれない。
何もなければ、何も経験しなければ、何にも傷つかない。けれど、光も、楽しみも、喜びもない世界。
どちらが、幸せなのだろう。
おばあさんは、傷つかせない方を選んだ。
ジョゼは、世界を知って、経験する方を選んだ。

若い男女の三角関係、恋物語。
それだけでも、主演二人の演技がピュアで繊細で、観る価値がある。
恋の始まり、相手へのうざったさ、別れの予感まで含めて、本当に息をのむ。

そして、そこにバシバシ挟まれる”障碍者”観。
昭和時代のような障碍者観(原作は1984年発表、おばあさん役の新屋さんと原作者は同い年)。
否、今だって表立ってはいないが、変わっていない面も多かろう。

 「壊れもの」「世間の人に申し訳ない」と、祖母は、ジョゼは存在しないことにして、世間から隠す(来客があれば、押入れの小部屋に隠していたのだろう)。「壊れもの」=故障品という意味だろうが、途中から「心が傷つきやすい、壊れやすいもの」という意味も含んでいるように見えてきて、泣けてきた。
 おばあさんなりに、ジョゼを愛していたのだろう。年取った体で、成人女性を、今の軽量タイプではない造りのしっかりした乳母車にのせて散歩する。DVDのコメンタリーで妻夫木氏が「重い」と言っていた。それをジョゼの頼みだからと、文句を言いながら、毎日散歩する。あの坂の多い場所を。
 そして、数々の、ゴミ捨て場からの略奪品。服や大量の本、だけでなく、ジョゼが好みそうな調度類。どれだけの広範囲を物色しているのやら。

 そして、福祉関係者の言動。誰もが、ジョゼを援助対象者としてしか見ない。けっして、恒夫の彼女とは思わない。
 福祉の勉強をしているという香苗は、敵情視察に来つつも、あくまでジョゼを”援助対象者”として遇することによって、先制攻撃を仕掛ける。そして、プライドを傷つけられたのも、よりによって”援助対象者”として下に観ていた者に負けたから。
 けっして、同等の者とは見ない。

そんな彼らに比べて、たんに胃袋をつかまれて、今まで周りにいなかったタイプの女の子に興味を持って、ジョゼに惹かれていく恒夫。
 よくある恋の始まり。
 だが、二人の生きてきた、生きている世界の違いが溝を広げていく。
 ジョゼは、いつから学校に通っていないのだろう?祖母が拾ってきた、教科書を含む本で知識を蓄えてきた。でも、実物は見たことがない。
 これが一生に一回の遠出、次はないかもと思うジョゼ。そういう思いならば、ジョゼの怒りも理解できる。映画公開時、今のように全部ググってリサーチできるわけじゃなかった。でも、いつでもその気になれば来られる恒夫にとっては、たんなるわがまま。「また、来ればいいだろ」の一言があれば解決なのに、その言葉すらでない。次があるのは恒夫にとって当然のことだから。
 自家用車の助手席になんて乗ったことがないジョゼ。自分が発見した素晴らしいものを共有したいだけなのに。それをわがままに思ってしまう恒夫。助手席に同乗している人なら「こうあるべき」と比べてしまう…。
 常に、一瞬一瞬の経験を逃すまいと真剣に生きているジョゼ。初めての体験だらけのジョゼ。だから、日常でないことには貪欲でわがままが出てしまう。保育園児と同じ。そして、いつ命が終わるかわからないという経験もしている。
 ジョゼを喜ばせたい気持ちはあるが、すべてが日常の延長上にある恒夫には、ジョゼの「今しかない」が理解できない。命は永遠に続くもの。ジョゼは自分と同年齢の女性で子どもではない。
 命令口調も、小学校高学年以降、友達付き合い等なく、祖母との二人っきりの生活なら致し方ない。
 その差をどう埋めていいのかわからない二人。

そして…。

恋の三角関係を描きながら、障碍を抱えてどう生きるか、障碍を抱える人とどう生きているかとか、”生き方”についても、じわっと感じさせられた。

なんて書くと、まじめで固い映画を想像するけれど、そんなことはない。
公開時、池脇さんや江口さんの濡れ場が話題になったそうだが、
それ以外にも、これって必要?と言いたくなるようなエロネタが挟まれる。
他にも、荒川氏や板尾氏が独特の世界観を醸し出し、(笑)を誘う。
特にギャグの場面はないのだが、全体的に不思議な間があり、独特の世界観に引き込まれる。

そんな演出、役者もいいが、音楽もいい。
不器用な二人を包むような。
くるりはロックバンドと紹介されているが、ロックにありがちのシャウトとか、騒がしい音楽はない(私の偏見?)。後年、岸田氏が交響曲等のクラッシックを作曲されるが、それを彷彿とさせる。

原作未読。DVDのコメンタリーで、監督が「原作と同じセリフは一か所だけ」とおっしゃっていた。設定をつくっての、アドリブ演技が多かったようだ。
サガンも未読。読んでいたら、もっと理解できたのかな?

『ジョゼと虎と魚たち』
奇妙な題名。
この世で一番怖いもの=虎。他にも候補はありそうだが、ライオンは群れで暮らすが、虎は単体で生息するという。
魚。群れで暮らす種、寄生・共生する種もいれば、単体で暮らす種もいる。

鑑賞後に思いを巡らすと、この題名に余韻が重なる。

とみいじょん
きりんさんのコメント
2020年12月7日

先ほどはこんなに丁寧にお答え下さってありがたいことです‼️
フォロー、クリックさせて下さい。

きりん
きりんさんのコメント
2020年12月6日

とみいじょんさま
「パリ、嘘つきな恋」のレビューにも触れましたが、僕は介助をしていた5年間のこと、それ以前に体験した特養老人ホームでの勤務の日々、そしてこの映画を観たときの気持ちをとみいじょんさんのレビューを読んで怒涛のように思い出しています。

たくさんの人との出会いを私たちは経験しながら「もっと大事に向き合いたかった」「もっと大切に関わりたかった」と、自分の限界と非力を悔いながら思うけれど、それだけお互いに一生懸命にその限られた時を共有していたんだよな、って満足感もとても大きいです。

いい映画でしたよね。犬童監督の人間を見る目の温かさと優しさゆえだと思いました。

きりん