みな殺しの霊歌のレビュー・感想・評価
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摩天楼の隙間に吹きすさぶ孤独の病原菌
実録路線時代以前で印象に残った任侠映画といえばマキノ雅弘の『博奕打ち 総長賭博』と加藤泰の『明治侠客伝 三代目襲名』の2本だが、とりわけ『三代目襲名』は撮影技法に粋が凝らされていて面白かった。真上から神輿を見下ろすアングルから徐々に祭日の喧噪へとフォーカスが流れていく序盤のシーンは一度見たら忘れられない。
そんな加藤泰が山田洋次とタッグを組んで取り上げたクライムサスペンスが本作。加藤のアクロバティックな撮影技法と山田の重厚なヒューマンドラマが交じり合うのだから面白くて当然だ。
佐藤允演じる擦れた上京青年は、ある理由から富裕層の女たちを次々と殺害していく。その理由というのが不思議なもので、それは女たちに性的な嫌がらせを受けて自殺した名も知らぬ同郷の知人のためだという。当然、女たちは「そんなことで!?」と不可解げな断末魔の叫びを上げて死んでいく。刑事の男が言っていた通り、女にちょっかいを出されたことを気に病んで死ぬような男は(その逆パターンに比べれば)そうそういない。それを聞いて復讐に燃え上がる男などはもっといない。
ただ、内容を見ていればわかる通り、青年の復讐に対する熱意は本物だ。決して退屈しのぎの道楽や短絡的なルサンチマンから殺人行為に及んでいるのではない。
裕福な女たちは東京が放つ斥力の存在を知らない。来る者は誰であろう拒まないという大都市の寛容さが、実のところ酷薄な無関心と表裏一体であることを。しかし北海道の田舎という「外部」からやってきた青年はそれを痛いほどよく理解している。
身一つで東京にやってきた彼を待ち受けていたのは、自分を眼差すものが何もないという底なしの孤独だったのだ。したがって彼が倍賞千恵子演じる下町娘に惹かれていくのも無理はない。彼女だけは青年を一人の人間として自分の内側に受け入れてくれた。
話は逸れるが60年代後半の倍賞千恵子ほど美しい女優もそうそういないんじゃないかと思う。可憐さの中に陰りがあるんだけども、脂っこい媚態は少しも感じられない、そういう不思議な感じ。劇中で彼女が「あたし細く長くなんか生きたくないわ」とぼやいてみせるシーンがあるが、いや、アンタは80超えても稀代の名女優のままですよ!と鼓舞したくなった。
閑話休題。
しかし下町娘も結局最後には青年のことを突き放してしまう。こうして最後の砦までもが決壊してしまった青年を止めることは、もはや誰にもできないことだった。
名も知らぬ知人が命を絶ったアパートで青年が最後の殺人を犯すシーンは凄絶だ。追い詰められた女の絶叫とともに青年と知人の美しき日々が、そして彼の命を奪ったあの日の光景が激しく明滅する。このあたりは加藤泰の演出が光りに光っている。俺たち日本人もオーソン・ウェルズを、ヒッチコックをやってやろうじゃねえか!的な活力を感じた。
今更言うまでもないが、青年にとって同郷の知人は孤独の淵で出逢った唯一の同志だった。たとえ名前を知らなくとも、そこには何よりも強い連帯があった。そのように尊いものを、そうとは知らずに滅茶苦茶にしてしまった女たちに対する青年の怒りは最もなものだ。そして青年は知人の痕跡を辿るように、彼と同じ場所から飛び降り自殺を図った。忙しない都会のざわめきは、俺たちもっと早く出会っていればな、という青年の遺言さえも容赦なくかき消してしまうのだ。
雨の中、青年の墓前で千切れた指名手配書の写真を繋ぎ合わせる倍賞千恵子の悲痛な表情がいたたまれなかった。思えば倍賞千恵子はどの映画でもたいていこういう不憫な目に遭っている気がする。悲痛さにかけては他の追随を許さない女優だというのはわかるのだが、それにしても可哀想だな…
罪の為に
加藤泰監督1968年の作品。
それまで時代劇や戦前後の任侠モノが多かった加藤監督にとって初の現代劇。
その題材は犯罪劇で、非常にショッキングな問題作…。
都内のマンションの一室で、一人の(今で言う)セレブマダムが暴行を受けた上、惨殺体となって見つかる。
その元には、4人のセレブマダムの名を記した紙が。
当事者たちは何か思い当たる事があるのか顔を白くするが、だんまりを決め込む。
彼女たちが隠す“秘密”とは…?
そしてまた一人…。
獲物を狙うかのように現れた一人の男。川島。
彼は逃亡中の殺人犯。
セレブマダムを狙う快楽犯なのか…?
否。
殺害時、怨恨のようなものが感じられ…。
川島は時効まで後少し。そんな危険な殺人を犯しながら、それ以外は身を隠すようにひっそりと生きている。
ある下町の食堂。春子という若い店員と心を通わす。
実は川島には以前にも、心を通わせた相手が居た。クリーニング店の少年、清。
が、彼は死んだ。…いや、正確に言うと、自殺した。
彼を死に追いやったのが…
セレブマダムたちは一人、また一人と殺されていき、最後の一人。
警察から何があったのか問いただされ、遂に白状する…。
当事者のセレブマダムたち5人で、マンションの一室で、昼下がりのポルノ映画鑑賞会。
そこへクリーニング物を届けに来たのが、清。
ポルノ映画を見て、欲情ムンムンのマダムたち。そこに現れた純朴そうな少年。
言うまでもないだろう。
可愛がりたい。食べちゃいたい。それを言葉通りに。
羨ましい~!!…と思う人も居るだろう。
が、彼は違った。純真が故に、心に大きな傷と陰を負った。
清は川島に打ち明ける。
しかし清は自ら命を絶ってしまった。
たった一人の、心を通わせた相手。
こんな世の中で唯一の、美しいもの。
それをお前たちは、殺したんだ…。
ほとばしるような熱い漢のドラマや情感たっぷりの男と女の愛を描いてきた加藤監督の中では、明らかに異質。
犯罪や生々しい殺害/エロシーンもあり、松竹作品としても異色作。
“構成”として山田洋次が参加。山田洋次がこういう犯罪サスペンスを手掛けるのもさることながら、山田×加藤の名匠二人のコラボも超贅沢!
随所随所に山田節と言うか、ユーモアや人情要素がスパイスされ、この陰湿な作品に巧みな歯止めになっている。
人間臭い刑事に松村達雄、春子に倍賞千恵子、クリーニング店主に太宰久雄…こ、この面子は!
食堂の雰囲気は完全にあの団子屋…!
川島が食堂を初めて訪れるシーン。春子らが何気なく楽しげにはしゃぎ、川島がそれを仏頂面で見つめる。山田人情劇と加藤漢劇がここで初めてクロスした、印象的なシーンだった。
佐藤允の熱演。
演じた川島は殺人犯。
犯した罪は赦されない。例えどんな理由でも。
罪に罪を重ねていく。
川島は紛れもない罪人。
ならば、5人のマダムはどうなのか。
自分たちの歪んだ欲の赴くままに、一人の少年を死に追いやった。
罪は罪。が、問われたとしても、強かん罪が妥当だろう。
その無念は誰が晴らすのか。
聖人君子なんて居やしない。
誰もが何かにすがる。真人間だろうと。罪人だろうと。
復讐と憎悪の中で、もう一人、心を通わせる相手に会えた川島。
もう少し早かったら…。
ほんの少しばかりの救済が、殊更悲しい罪の歌を歌う…。
物悲しい
ある復讐のため有閑マダムたちを次々と殺していく男。
表面だけ見ると理解しにくい繋がりの復讐なのだが、マダムたちの犯した罪の重さと男の背景を考えるとその感情が理解できてくる。
感情的で人間臭く終わり方も相まって物悲しい余韻が残る。
実質的に山田洋次と倍賞千恵子の映画
エログロ暴力の映画ではありません
確かにそのようなシーンもありますが、それを描くことは主題ではありません
犯罪映画でも、連続殺人事件の犯人を追い詰めていく警察映画でもありません
では何なんだというと、都会の中での孤独と純粋性を描く映画とでも言うしかないのです
映像は深い陰影とローアングル、パンフォーカスを駆使したフィルムノワールの印象を与えながらえがこうとしているテーマは実はそれです
主演はもちろん佐藤允ですが、本当は倍賞千恵子なのかもしれない
監督も加藤泰ですが、実際のところ構成でクレジットされている山田洋次の映画のように感じます
映像表現だけが加藤泰の映画なのです
中年の仲良しおばさんが次から次へと殺されていく。 犯人(佐藤充)は...
中年の仲良しおばさんが次から次へと殺されていく。
犯人(佐藤充)は食堂で知り合った女性(倍賞千恵子)に一目惚れしてしまう。
犯人の動機は最後まで明かされず不気味だが、女神のような倍賞千恵子に癒やされる。
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