「戦争さえやらなければ…」八甲田山 TRINITY:The Righthanded Devilさんの映画レビュー(感想・評価)
戦争さえやらなければ…
実際に起こった雪中行軍遭難事件(純然たる事故なのに、どのメディアもなぜか事件と表記)を題材にした大作。
史実を扱っているとはいえ、新田次郎の原作小説と映像化で二重に脚色されている点に念頭を置くことも必要かも。
2014年の日伊合作映画『ドキュメンタリー 八甲田山』も、監督の宮田聡がこれほどの大事故にも関わらず、なぜ今まで史実どおりに映像化されなかったのか疑問に感じたことが製作の動機だったそう。
史実との相違を並べ立てるとキリがないが、青森歩兵第5連隊と弘前同第31連隊の行軍計画はそもそも連係しておらず、日程的にはまったくの偶然。双方、互いの計画すら把握していなかったらしく、31連隊の徳島大尉(モデルは実在した福島泰造)と第5連隊の神田大尉(同 神成文吉)の間で交流があったという設定も「行軍中に八甲田山で会おう」と約束を交わす場面も完全無欠のフィクション。
映画では弘前の徳島隊同様、少数精鋭で行軍するはずだった神田隊の計画に、連隊の面子に拘った上官が横槍を入れたことが悲劇の原因というプロットになっているが、大部隊での行軍は実際は従来の計画どおり。
第5連隊による雪中行軍の目的のひとつはロシアの攻撃によって鉄道設備が破壊された際、ソリでの大規模輸送が可能かを確かめることにあり、ソリの走行を容易にするためにも雪路を踏み固めるための大人数の要員は不可欠だった。
作品に登場する大隊長の山田少佐は権威主義的で部隊を振り回す元凶として描かれるが、行軍初日に天候悪化のなか計画を強行したのも、翌未明に夜明けを待たずに出発したのも、生存者の証言によれば、下士官らの意見を尊重した結果。
山田少佐のモデルとなった山口鋠少佐は優柔不断の謗りは免れずとも、部下の意見にも耳を傾けるタイプの上官だった可能性が高い人物。
ちなみに、映画の最後で拳銃自殺をはかる場面は当時あった根拠のない風説のひとつで、実際は凍傷の悪化で引き金を引くのはムリだったとか。
ストーリーは無能な上司のせいで悲劇に巻き込まれる優秀な部下の不運を強調しているようにも見えるが、個人的には反戦の主張が窺えるような気がする。
そうしたメッセージは生還したものの凍傷で身体障害者になった村山元伍長(実在した村松文哉がモデル)が老後にロープウエーを使ってかつての遭難の現場を訪れる場面や、徳島大尉や青森歩兵連隊の倉田少佐(モデルは倉石一)らが日露戦争で戦死した事実を伝えるラストの字幕からも汲み取れるし、雪中行軍を提案した軍の上層部が210人中199もの人命を喪ったのに僅かな生存者に安堵するシーンも象徴的。
行軍を成功に導いた徳島大尉が神田隊の全滅を目撃した案内人の農夫を脅しじみた強い口調で口止めするエピソード(ほぼ史実)は彼の功績を肯定的に描くだけなら、まったく必要のなかった場面。
第5連隊の雪中行軍同様、戦争だって一旦始めたらそう簡単にはやめられない。この作品は戦争がなければ死ぬことのなかった人たちの悲劇をテーマにしているのだと自分は感じる。
公開時、神田大尉を演じた北大路欣也の流行語にもなったセリフとともに豪華な出演陣も話題になったそうだが、浜村純や大竹まことなんてどこに出てたか分からないし、若干キャストの無駄づかいの感も。
案内人の農家の嫁を演じた秋吉久美子も若すぎて違う意味で誰だか分かんなかった。元祖ぷっつん女優もこの頃は可憐。
弘前歩兵連隊の児島少佐を演じた丹波哲郎は山田少佐役を予定されていたが、寒いのがイヤで役を変更してもらったそう。
代わって山田少佐役を託された三國連太郎の毒々しいまでの怪演は本作の見どころのひとつ。結果的には適役だったのでは。
小林正樹監督の異色時代劇『切腹』(1962)では、弱い立場を見下す権威的な彦根藩士を二人して憎々しげに演じていたのが印象的。
2シーズンにわたって現地八甲田山で敢行されたロケも実際の行軍同様苛酷だったそう。
吹雪待ちで何時間も屋外待機なんてザラで愚痴をこぼす俳優もいたそうだが、黒澤組の常連だった橋本忍が製作に関わっていることを深く考えなかったのが運の尽き。
橋本は脚本も担当しているので、台詞回しも全体的にそれっぽい。
CGがなかった時代の、俳優や作り手の本気度が試された作品としても評価したい。
NHK-BSにて初視聴。
公開当時はまだ知られていなかった「リングワンダリング」や「矛盾脱衣」といった概念も絡め検証されることが多くなった八甲田山雪中行軍の悲劇。
NHKの『ダークサイドミステリー』と、その縮小版『ダークサイドミステリーE+』でも採りあげられているので、興味のある方はそちらも。
NHKオンデマンドで視聴可能(だと思う。たぶん。違ったらゴメン)。
