劇場公開日 1977年6月18日

「観ていてフラッシュバックしてトラウマが疼きました」八甲田山 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0観ていてフラッシュバックしてトラウマが疼きました

2019年11月7日
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暖かくして、熱いほうじ茶も用意して観るべきです

白い地獄
文字通り白一面のホワイトアウト
それが延々と続くばかりになるのは確定してますから、それでは映画になりません
それをどう映画にできるのか?
そこが腕の見せ所ということになります

起承転結の転だけを白い地獄のクライマックスとして、この遭難に至る過程とドラマ性を際立てた脚本の優れた構成
徳島、神田両大尉のそれぞれ対照的な人物設定と交流、山田大隊長の造形
両隊の運命を分けた大きな要素の一つである案内人を際立たせるために若い女性を登場させ、しかも退場場面に見せ場を用意してあるのは舌を巻きます
日本映画史上に残る屈指の名シーンです
涙腺が緩み大いに泣かされました

効果的に青森の美しい春や夏の情景を、幼い頃の記憶として繰り返し挿入する演出
前振りの台詞のシーンまで用意されています

過酷な吹雪の中の山中ロケ故でしょうが、光量不足で薄暗くて何が写っているのかすら良く見えない山中シーンや誰の顔かも定かでない撮影もありますが、それ自体が却って迫力とリアリティを増幅させています
もしリメイクをしたとして、最新技術でクッキリハッキリ明るく撮影できたとしてもそれが本作以上の迫力とリアリティを生むでしょうか?

その中で名優陣の恐ろしく熱の入った名演が薄暗い画面を突き抜けて迫ってくるのです
高倉健はもちろんのこと、三國連太郎の説得力は強烈です

神田大尉の従卒を務める長谷部一等卒の役の若い俳優の配役の成功も悲劇性を増幅させ心に残りました

何もかもお見事としか言いようがありません

観ていてフラッシュバックしてトラウマが疼きました
思い出したくない悪夢を思い出します

そんな人も多いのではないでしょうか?
雪山登山のことではありません
会社や役所や大きな組織に属した人なら、神田隊と似たような経験をした人もいるのではないでしょうか?

日本の組織が陥る駄目パターンの全てが詰まっています

土台無理な無謀なプロジェクトに投入される、あたら優秀な人材や若手達
本作に出てくるような連隊長や山田大隊長や神田中隊長に率いられて、磨り潰されて精神や身体に異常をきたして脱落していった人達の顔、顔、顔
それが思い出されます

八甲田山は冬の青森にのみあるわけでは有りません
あなたの属する組織で明日始まるかも知れないのです

ブラック企業なら八甲田山は毎日のことです

神田大尉になるか、徳島大尉になるか
それは私達の勇気次第です

若い人なら自分が神田隊に配属されていたと知ったならどう行動すべきでしょうか?

ラストシーンで現代のロープウェイから八甲田山を見下ろす老人は、緒形拳が演じる第五連隊の生き残り村山伍長の老人となった姿です
彼はこのままでは俺も死ぬと、「俺は自分の思い通りに歩く」と言い単独行動して最後の生存者となって生還できたのです
それでも凍傷で失ったのか左腕がありません

命あってのもの種です
あなたが神田隊にいると思ったなら、意見具申も重ね、本当に駄目だ、これ以上は無理と感じたなら、単独行動していいのです
いや、すべきです
あなたの代わりは会社にはいますが、自分と自分の家族に取って自分の代わりはいないのです
会社を辞めてもいいし、会社を辞めなくても、適当にこなして体と心を温存することも、単独行動です

エピローグで字幕ででる黒溝台の戦いは日露戦争の天王山といえる奉天大会戦の前哨戦と言えるものでこの戦いでの勝利は大きな意味がありました
正に極寒の1月下旬のことです
彼らの八甲田山の経験が貢献したのは間違いないことかも知れません

しかし日本は神田隊のそのままの態勢で第二次大戦に突入して、ニューギニア、フィリピン、インパールどころか日本全体が冬の八甲田山に踏み込んでしまったのです

組織の幹部にもなろうかという人は必ず観るべき映画です
むしろ管理職昇格研修に組み入れ、何処に問題があったのか列挙させるレポートを全員に書かせて競わせ、グループ討議させるべきぐらいです

あき240