ねむの木の詩がきこえる

劇場公開日:

解説

国際赤十字社連盟特別大賞受賞作品。宮城まり子が主宰している、「ねむの木学園」の子供たちと宮城をはじめとする指導員たちの心あたたまる交流を描く。全学園児の好演が作品をもり上げている。脚本・監督は「ねむの木の詩」の宮城まり子、撮影は「アラスカ物語」の岡崎宏三がそれぞれ担当。第19回毎日芸術賞、文化庁優秀映画奨励賞、ブルーリボン賞特別賞、日本映画ペンクラブ賞、OCICジャパン大賞、第1回中村屋文化サロン賞、他4賞受賞作。

1977年製作/95分/日本
原題または英題:Mariko-Mother
配給:エキプ・ド・シネマ=東宝東和
劇場公開日:1977年7月30日

ストーリー

「ねむの木学園」にやっちゃん(やすひこ)と呼ばれる自閉症の子供がいる。人とまじわらず言葉をもたないこの子にまり子は手袋をはめさせるのに三年かかった。自分の思っていることをどうにか表現させたかったまり子は、ふとモールス信号を思いつく。何かを思ったらトントンとたたくのである。名づけて“トントン教育”。運動会の日、やすひこは玉入れ競技に参加する。自閉症で昨年までは身動きしなかったやすひこが線のおてだまを持って一着でゴールインする。そして足の不自由だったやすこが走りだす。ころんでも、ころんでも起きあがりゴールインする。やすこは一位になり、嬉しくて泣いている。まり子は決して一人の子供をみつめているわけではない。まり子は子供達のまり子であり、子供達はまり子の子供達なのである。一美という子がいる。幼いとき、三輪車にのっていて、トラックにはねられ、今は義足をしている。まり子はあなたなら耐えられると優しく言って一美の義足に靴をはかせ、涙をふいてやった。まり子は忙しい。訓練と話し合いが限りなく続く。集中感覚教育のためのお茶会が開かれる。指導員を相手にお茶をもてなしている子供達。台所では野菜を切り、料理の実習をしている女の子達。小さな手がコロッケを揚げ、大きななべをかきまぜ、食事のときにはコロッケのおかわりが続く。子供達と町の人達とのクリスマス・パーティーが開催される。ほしくてたまらなかった黄色い服を着て、ひろこが舞台にあがる。一日に何度もてんかんの発作をおこした彼女が一年がかりで覚えた宮沢賢治の「雨にもまけず」の詩を朗読する。その間、まり子はそばでマイクをもっている。「不自由な右手を切ってしまえ」と人に言われて泣いたひろこを思いだしながら、みるみるまり子の目に涙がたまり、頬をつたう。そしてこの子の将来を思う時、まり子は何かに向かって怒りをおぼえずにはいられなかった。町の人達と学園の人達が一緒になってもりあがる会場。この仕事について良かったと、指導員の一人は言った。まり子が学園を一か月間留守にすることになった。やすひこはタイプを懸命にうっている。やすひこはまり子に手紙を渡す。その手紙には“まり子さん、やすひこ、まり子さん、やすひこ”と、紙一面にタイプされてあった。留守の間、やすひこは言葉の訓練を続けている。学園のみんながまり子の帰りを待っている。まり子が帰ってきた。やすひこはまり子の手の甲をトントンとたたく。それはまり子の言葉でもあった。やすひこの訓練は続く。まり子だけでなく、学園の子供達も自分達の方法でやすひこに話をさせようと一生懸命である。やすひこも話そうと口を動かす。“ママ”と教えた言葉が、まり子と変わっている。やすひこにとって、実の母と同じようにまり子は“ママ”なのである。やすひことまり子は“ママ”という一つの言葉に夢中になって訓練を続ける。この学園の子供達にとって“ママ”という言葉は、まり子自身にちがいない。そしてみんな成長して働くことができ、健康な者も、体にハンディをもつ者も、共にくらせる村を作りたいと、まり子の夢は大きくひろがっていく。

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