「コメディの裏側で」タンポポ 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
コメディの裏側で
斜陽のラーメン屋を女手一つで切り盛りするタンポポの生き様に惚れ込んだタンクローリー運転手のゴローが、美食家の浮浪者や名家お抱えの料理人を味方に引き込みながらなんとか彼女のラーメン屋を再興させようと奮闘するさまをスラップスティックに描いたコメディ映画だ。
伊丹十三といえば処女作『お葬式』を尊敬する蓮實重彦に「ダメです」と一蹴されてしまったエピソードが有名だが、本作はそんな『お葬式』に続く2作目にあたる。それを踏まえたうえで本作に臨むと、女店主タンポポの姿が伊丹十三本人に重なるような気がしてなんとも切ない。
ラーメンという食べ物はおそらく庶民性や大衆性の暗喩である。全力でコミットする女店主タンポポは芸術のコードを降りてエンタメへと没入していく伊丹十三そのものだ。
途中、心ない同業者に「この素人め!」とケチをつけられたタンポポが「ラーメンっていうのは素人が食べるものでしょうが」と反論するシーンがあるが、ここにも『お葬式』のような蓮實重彦のような評論家の審級を主眼に置いて制作したある種の芸術映画から『タンポポ』という大衆に開かれたコメディ映画に伊丹の作風が転向したことが示されているといっていいかもしれない。
また、タンポポとゴローらによる復興譚が語られる一方で、幕間に官能的でアバンギャルドな色にまつわる挿話が挟まれるのだが、ここには芸術映画を完全には捨てきれない伊丹十三の未練が垣間見える。おそらく蓮實重彦に『お葬式』を棄却されなかったならば、こちらの挿話こそがこの映画の本流となっていたように思う。
これらの挿話は突然始まったかと思えば突然終わり、何事もなかったかのようにタンポポの物語へと戻っていくが、このとき挿話は間の抜けたアイリスアウト(画面を丸く閉じながら暗転させる手法)によって遮断される。「ハイハイ芸術主義はここまでですよ(笑)」と無理やり冷笑している伊丹十三の姿が目に浮かぶようで切ない。
現実/非現実を自由自在に往還するスラップスティックコメディとして完成度がきわめて高い一方、その裏側に伊丹十三の個人的な挫折と再生が伺えるメルクマール的な一作といっていいだろう。
途中で出てきた海女の女の子がやけに綺麗だなあと思ったら黒沢清『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の洞口依子だったらしい。好き…