砂の器のレビュー・感想・評価
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前半が好き
午前十時の映画祭にて観賞。
前半、二人の刑事が犯人の手掛かりを追うシーンが、とても丁寧でわかりやすく(途中途中駅名を入れたりと人物がどこからどこへ向かうかがわかる)なんとも山田洋次的だなと思っていたら、脚本で参加していた。
この頃にノウハウを勉強したのか、それともこの頃からその能力があったのか、どちらにしても凄いなぁと感じる。
物語は早い時から犯人が示されるので、ミステリ的な楽しみ方ではなく、犯人の動機に興味を持たせる作りになっている。
後半は特に犯人である和賀の壮絶な人生に焦点が当てられ、日本にもこんな差別社会があったのだなと驚かせられる。
宿命という曲と共に幼少期の映像が流されるのだが、個人的に少し長すぎるかなと思ったが、両隣の観客は号泣していた。
これの現代版という訳でもないが、岬の兄妹を思い出した。
なぜ殺したのか?
国立療養所に入ってから24年間、
息子にひと目会いたいというただ1点を望んでいたという加藤嘉が、
立派に成長した息子の写真を見せられたときの慟哭、
全身を震わせ「そんな人、知らねぇ!」と言い放つシーンは、
父子の放浪シーンの美しさ、悲しさ以上に心に残った。
どんなことがあっても絶対に手放したくなかった息子と
最終的に分かれる決心をしたのは、緒形拳から言われた
「秀夫の将来はどうなるんだ?」というひと言であったと思う。
そのときの、ハッとした加藤嘉の表情。
そこには、満足のいく養育はできないという意味に加えて、
ハンセン病患者の息子という業を背負わせたままでいいのか、
という意味があったのだと想像する。それで父は息子を手放した。
息子もそれを分かっていたのではないかなぁ。
だから緒形拳の家から唇を噛み締めて逃げた。
あそこにいたら「ハンセン病患者の息子」のままだから。
父に報いるためにも、それまでの人生を絶対に絶対に
捨てる決意をしたのではないか。
で、24年後。なぜ恩人である緒形拳を殺したのか。
しらばっくれたらよかったじゃない?
単にわが身がかわいい、利己的なヤツじゃない?
いやいやいやいや、そうではなく。
自分は何が何でも別人として生きなければならない、
つまりは、
「ハンセン病患者の息子」であってはならなかったのかなと思う。
父と息子の互いへの愛、思いとともに
映像では語りきれないほど当時の社会にあった
ハンセン病への壮絶な差別を想起させる。
以上、心揺さぶられる加藤嘉の名演より想像。
残念ながら加藤剛の演技からは特に何も感じられず。
緒形拳すばらしい。
渥美清、笠智衆、菅井きん、圧倒的存在感。
夏純子のホステス、春川ますみの女中も地味に深く心に残る。
主役?の刑事2人の演技には目をつむるしかない。
あれこそが丹波哲朗の味なのかもしれないが私には合わないかな。
良かった、としか
普通、映画は一回観たらしばらくはもういいや、となるものだけど
これは何度でも観れる。
ミステリー、サスペンス、スリラー、全てが詰まっていて、
最後にはヒューマンで〆る。
丹波哲郎さんの演技が素晴らしく、あまりにすごいので、
それまで名前しか知らなかった私は何て無学だったのだろうと自分を恥ずかしく思った。
父親と息子の絆というものを題材としたものは、何故こんなに惹きつけられるのだろう。
映像美も美しく、それもまた魅入ってしまう。
...
★ミステリ・・・謎解き
★スリラー・・・スリルもの
★サスペンス・・・緊張感をあおるもの
宿命…日本映画屈指の名シーンに泣く!
DVD(デジタルリマスター2005)で鑑賞。
原作は未読。
蒲田操車場で発見された、身元不明の惨殺死体。手掛かりが少ない上、被害者の身元も一向に分からず、捜査は早々に暗礁へ乗り上げてしまいました。そんな中、偶然聞き込んだ「カメダ」と云う言葉が、真実への鍵を握っていて…
本作は決して、単なるミステリー映画のままで終わることはありませんでした。刑事たちが靴底を擦り減らし、文字通り日本中を駆け巡った執念の捜査の果てに突き止めたのは、ひとりの青年が背負った壮絶な宿命の物語でした。
犯人の動機ははっきりと劇中では明言されません。ラストシーン、交響曲「宿命」をバックに綴られる、ある父子の苦難の道のりがその解釈を促しているように感じました。小説では表現出来ない映画ならではの表現手法で、心が抉られるほどの悲痛と哀切が浮かび上がって来ました。美しい四季の風景と共に映し出される旅路は、その時間の長さを表しているようで、余計悲痛でした。日本映画屈指の名シーンだな、と…
過去の露見を恐れたがために、殺人を犯してしまったと思われる犯人ですが、それほどまでに彼を陥れてしまったのは、子供の頃に経験した壮絶な差別と偏見故だなと感じました。犯行を決断するまでには、その胸の内には様々な想いが去来したに違いなく、一言で言い表せないような感情の複雑な交錯があったのだと想像すると、心が押し潰されそうでした。
何年、何里にも渡る過酷な経験を共有したからこその、切っても切れない「父子の絆」と云うか、ふたりの繋がりの悲しいまでの強固さに、強く胸が締めつけられました。
[追記(2021/05/06)]
善意は時に、された側にとってはとてつもない悪意となる。
それを初めて気づかせてくれたのが本作でした。決して二元論で片づけられない人間の心の本質に迫っていて、何度観ても深く考えさせられる名作だと改めて思いました。
[以降の鑑賞記録]
2019/03/04:Blu-ray(デジタルリマスター2005)
2021/05/06:Blu-ray(デジタルリマスター2005)
宿業
人間が人間をどう見るか?それを見事に説いている。
人を生き物として情感で接することが出来る人、真逆に人を物として見る差別・偏見だけで避けてしまう人。どちらも実際にいる人々である。
この映画では、宿業ではないのに穢れた物として扱われる本浦千代吉が映画のバックボーンになっている。
そのことが起点となって、出演者全ての役割につながっていく脚本も素晴らしい。
原作も読んではいるが、むしろ読まずに見た人のほうがインパクトがあったと思う。
時々DVDを見るのだが、映像を見なくても台詞だけで、そのシーンが頭に再生されてしまう。苦笑
加藤剛も亡くなったなあ
こんな古い映画がなんで今さら注目ランキングに上がっているのか、リバイバルしてるのかするのか知らないけど
原作先に読んでしまったので、この映画はいまいちピンと来なかった。
原作は丹波哲郎が演じてる刑事が針に糸を通すかのようにわずかな手がかりから執念深く捜査をすすめ、犯人と被害者の関係性に迫っていく。特に後半が面白い
確か映画ではカットされたかな、被害者が犯人に会いにいく途中である映画を何回もみていることに疑問を感じた主人公の刑事は、映画そのものではなくある別なことに被害者は関心を持っていたことに気づく。
そんな感じでわずかな手がかりをいくつもたどり、やがて犯人と被害者の残酷とも言える関係性にたどり着く。
はっきり言ってそんなに読んでるわけじゃないけど松本清張という作家はあまり好きじゃない。この人の作品、過去の運命から逃れられないで犯罪に走るとか、不幸になるとかそういうの多いんです。
天城越え もそうだし
ゼロの焦点もそう
西郷札 という短編集にすごくイヤな話がある。ちょっとトラウマになってるよ…
しかし話を映画に戻すと、やはり主人公刑事の捜査の進め方がちょっと腑に落ちないというか。いつのまにやら、犯人にたどり着いた印象
野村芳太郎独特の映像美で特に、犯人が子ども時代ハンセン病の父親と各地を放浪する場面。これは原作ではほとんど描かれてない。
これがあるから涙を誘い評価も高いんだろうが。あと音楽かな、私は好きじゃないんですけどこのテーマ曲
天城越え、もいやーな話だがまだこっちより好き
田中裕子が妖艶で美しい。たしか野村芳太郎も関わってたはず
追記
なんかGEOでおすすめしてたので(なんでだ)なんとなく見直してみた。
映画館の場面はありましたね、というかこの場面がないと犯人にたどり着かない
思ってたよりいい映画だなと思って少し加点(笑)
でもやっぱりテーマ曲の「宿命」よくない。暗い。
芥川さんもあまりよくない仕事する時もある。
しかもこの曲ラスト一時間近く延々かかってる
社会が生んだ悲劇
邦画で最も好きな作品のひとつです。
分かっているのに毎回泣きます。
劇場では初めて観ました。
数少ない台詞に、雪景色に映える日本海や桜咲き誇る農村などの美しい日本風景と、「宿命」のオーケストラで描く父子の悲劇の物語。父子が差別の中助け合って生き抜いてきた道のり。
改めて鑑賞すると、内容を知らなければこの作品だけで事件の全容は観客に伝わらないのではと思いましたが、ポイントは謎解きではなく、その悲しい動機なのです。正義感が強くて情け深い、模範的警察官であり、誰からも慕われる人格者が、なぜ怨恨の線を疑われるような方法で殺されたのか。
母親が幼子を置いて出て行くほど、村を出て行かねばならぬほど、物乞いしようにも汚らわしいと門前払いされるほど、戸籍を偽って生きるほど、過去を知る命の恩人を特定不能なまでに顔を潰して殺すほど、ハンセン病に対する差別が凄まじかったということです。成長した息子の写真を見て、その未来を守りたくて、顔を見れた喜びと否定しなければならない悲しみの狭間で鳴咽しながら知らない!と断言する病の父親の悲痛な姿。
松本清張の作品には、地位や名誉、富のために人間性や理性を失っていく愚かさを描いたものが多いですが、その中の傑作だと思います。
電子書籍で「宿命」もダウンロードして聴けるようにしたらどうでしょう?
脱いだのは佐分利ではなかった
芥川也寸志の音楽がドラマを盛り上げる。
しかし、殺人事件の容疑者の動機について、ここまでその心理に迫る警察の捜査など現実離れしているとも思うが、やはりここは、犯人探しではなくその動機がどこにあるのかというサスペンスが肝なのだ。だからこそ丹波哲郎の捜査会議での報告と、加藤剛のコンサートシーンが長々と並行するのだ。
主人公にとっては、懶病の父親を持つ事実は消してしまわなければならないことだった。それは単なる過去の隠ぺいではない。このことは、捜査が結末を迎えた時点でなお療養所で生きていた父親が、加藤剛との親子関係を悲愴な表情で否定したことや、家庭の温かみにあふれた緒方拳の養育から逃げ出したことでも強く訴えかけている。
自らの運命と対決をしなければならない主人公にとって、彼の作品のタイトルでもある「宿命」という言葉に行きつくのだろう。この病気に限らず、差別や偏見によって苦しみに満ちた人生を歩む人にとっては、どこかでそれと対決しなければならないときが来るのだろう。
このことを表現するために、映画は長い時間を費やしている。
しかし、このクライマックスに至るまでの、丹波や森田健作が捜査で歩くシーンを深度の深いショットで撮っているところなど、足を使った捜査の表現が巧い。
また、笠智衆、渥美清という松竹の看板役者が端役で出ているところ、そしていつもなら洋服を脱ぎ捨てる佐分利信が、今回は脱ぐシーンがなかったところなど興味深かった。脱いだのは佐分利ではなく島田陽子だった。
親と子の「宿命」だけは、永遠のものである
映画「砂の器」(野村芳太郎監督)から。
誰がなんと言っても、この映画のテーマは「宿命」だから、
作品ラストに流れるテロップを、あえて「気になる一言」に選んでみた。
本来は、もう少し長く、
「旅の形はどのように変わっても、親と子の『宿命』だけは、永遠のものである」
このワンフレーズで、映画全体を表現している気がする。
本来なら、作品途中に交わされる、
「幸せなんてものが、この世の中にあるのかい?もともとそんなものはないのさ。
ないからみんながそんな影みたいなものを追ってるんでね」
「それが宿命?」「もっともっと大きな強いものだ。
つまり生まれてきたこと、生きているってことかもしれない」
この会話を取り上げようと思ったのだが、どうもピンとこなかったし、
鑑賞後に観た「予告編」のテロップ「宿命とは、悲しさなのか、強さなのか」
これもこの作品を思い出す一言までには至らなかった。
天才音楽家・和賀英良が作り出す「宿命」という名の楽曲は、
ベートーベンの「運命」とは違う雰囲気を漂わせていたのではないだろうか。
(加藤剛さん演じる、若き天才音楽家、和賀英良の4拍子の指揮には、
思わず、笑ってしまいましたが・・・)
ところで、我が家では、この作品の主人公は誰か?で意見が分かれた。
私は「今西刑事役の、丹波哲郎さん」
妻と娘は「天才音楽家、和賀英良役の加藤剛さん」
さて、どちらが正しいのかなぁ、ちょっと気になる。(汗)
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