「傑作である原作を遥かに凌駕する名作」砂の器 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
傑作である原作を遥かに凌駕する名作
諸事情で時間を持て余す中で視聴している旧作名画スタンダードから、本作を取り上げます。
周知のように日本映画史に残る名作であり、約半世紀を経ても色褪せない輝きがあります。
前半は、ある殺人事件を追跡する刑事ドラマで、日本各地を巡って被害者の身元と来歴を探る2時間ドラマ風展開です。身元不明の被害者の謎を少しずつ解いていく妙味はあるものの、物語に波乱もなくアクションもない通俗的なミステリーで終始しています。
犯人を匂わせる人物描写も断片的に挿入されますが、対峙するシーンもなく、従いカットは引きが多く、シーンが変わる際はテロップで表示され、何だか茫洋としてテンポも緩慢且つ淡白で、捉えどころのない、やや退屈な印象です。
但し、この前半の平板な漠然とした展開の端々に、幾つもの重要な伏線が仕掛けられていることが、後半の波瀾万丈の物語展開と、快刀乱麻を断つ結末に、哀しくも儚く収束されていき大いなる感動を生む、その手際良さと切れ味の鋭さは見事な名人芸です。
本作は、日本の社会派ミステリーの元祖ともいえる松本清張の小説を原作にしていますが、映画は原作とは全く似て非なるものといえます。
原作小説も傑作ですが、犯人を突き詰め追い込んでいくプロセスでの両者の葛藤が読者を惹きつけるものの、犯人の組立ても全く異なり、精巧なミステリー小説の域に留まると思います。
映画も、前半は原作をなぞるように謎解きミステリーが淡々と進みます。ただコンサートと捜査会議がシンクロして進む後半、次々と過去の衝撃的事実と悲劇が劇的に明らかにされ、観客に息を吐かせずヤマ場からヤマ場へと進み、その間はコンサートで奏でられる交響曲「宿命」だけの台詞無しで展開し、その上それらが日本の四季の移ろいを背景に余りにも美しく哀しく、且つ過酷で悲惨な、人間存在の不条理な生き様の壮絶な人間ドラマを見せられていきます。
後半こそ、本作の本来の醍醐味を満喫できる処であり、これはもう日本映画史に燦然と聳える脚本家・橋本忍氏の渾身のオリジナル作品といえるでしょう。
人が生きていくことの、何と厳しく辛いことか、何と強かで逞しいことか、そして何と哀しくて尊いものか。
数十年ぶりの観賞後は、痛切に犇々と胸に迫りくる感動に押しつぶされてしまいます。