心中天網島

劇場公開日:

解説

近松門左衛門の同名原作を「あかね雲」の篠田正浩と詩人の富岡多恵子と武満徹が共同で脚色し、篠田が監督した文芸もの、撮影は、「雪夫人繪圖(1969)」の成島東一郎が担当した。第43回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位。

1969年製作/103分/日本
配給:ATG
劇場公開日:1969年5月24日

あらすじ

大阪天満御前町の紙屋治兵衛は、女房子供のある身で、曽根崎新地紀伊国屋お抱えの遊女小春と深く馴染み、情死のおそれもあった。これを案じた治兵衛の兄粉屋の孫右衛門は、武士姿に仮装し、河庄に小春を呼び出した。孫右衛門は、小春に治兵衛と別れるようさとし、その本心を問いただした。小春は治兵衛と死ぬ積りはないと言った。折から、この里を訪れていた治兵衛は二人の話を立聞きし、狂ったように脇差で斬りこんだ。だが、孫右衛門に制せられ、両手を格子に縛られてしまった。そこへ恋敵の太兵衛が通りかかり、さんざん罵り辱しめた。これを聞きつけた孫右衛門は、表に飛びだし太兵衛を懲しめ、治兵衛には仮装を解いて誡めた。治兵衛は目が覚めた思いだった。そして小春からの起請文を投げかえして帰った。数日後、治兵衛は太兵衛が小春を身請けするとの噂を聞いた。悔し涙にくれる治兵衛。これを見た妻のおさんは、始めて小春の心変りは自分が手紙で頼んでやったことと打明けた。そして、小春の自害をおそれ、夫をせきたてて身請けの金を用意させようとした。おさんの父五左衛門が娘を離別させたのはそんな折だった。それから間もなく、治兵衛は小春と網島の大長寺で心中した。

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映画レビュー

4.0人形浄瑠璃

2025年2月10日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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kossy

5.0若い頭脳が集結して実験的・前衛映画に挑戦していた時代

2024年5月26日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

知的

文楽が好きなので、文楽開幕前の舞台裏がいきなり目に飛び込んできて胸がワクワクした。人形のかしら・衣装、黒衣に頭巾の沢山の男たち、舞台下駄を履いた人形遣い。どんな風に始まるんだろう。

治兵衛演じる二代目吉右衛門が橋を渡る場面で物語が始まる。蜆川(しじみがわ)に架かっている橋だろうか。やたら高低差がある太鼓橋なので、渡る人物は一旦画面から消えまた現れる。斬新な映像。心中ものの義太夫には「蜆川」ということばが必ず入ってる気がする。この橋は小春治兵衛の道行でまた登場する。

煙草盆や炬燵などの小道具や手拭いや衣装、天井からぶら下がっている灯りも文楽と同じ。でもセットはまるで異なる。床や壁は篠田桃紅(篠田正浩監督の従姉であると初めて知った)による書や墨画で埋め尽くされている。音楽は武満徹。太棹三味線かそれに似た音色の現代音楽。肝の箇所で入る義太夫に痺れる。

おさんと小春は岩下志麻の一人二役。小春の顔は白粉で真っ白、それは文楽の人形と同じ。でも目は違う、大きくてまん丸。どこを見ているんだろう、歌舞伎の人形振りのような顔。おさんは金壺眼、顔にはほくろが幾つもあってお歯黒している。同一人物に全く見えない。文楽でおさんは夫の前で悋気を見せない。でも岩下志麻のおさんは強烈に悋気する。そうしながらも小春を死なせては女の義理がたたないと激しく愁嘆する。小春を請け出すための金を夫に渡し、足りない分はと、箪笥の中から自分と子どもたちの着物を全部出して質屋に持って行けと夫に言う。

小春は普段は表情がないが、治兵衛との絡みでは愛欲にどっぷりまみれる。たくさんの墓石が一寸の隙間なく密集する墓場での最後の場面は特に濃厚だった。心中するとき男を急かす役回りはいつも女。男は尻込みする、迷う、泣く。吉右衛門演じる治兵衛の狂いっぷりはリアルだった。滂沱の涙を流す、情けない、女房に頭が上がらない、子どもの事を考えて気持ちが揺らぐ、決心できない。しがらみで身動きできない男。女にはしがらみがない。どんな女も生きているだけで辛いから死ぬことに恐れはない。

たくさんの黒衣が静かに頭巾越しに登場人物を私達を見つめている。行動になかなか移せずにためらい、軟弱な人間の背中を黒衣は無言で道具立てしながら、ついと押す。そして次の一歩、次の一歩へと進ませる。見えないはずの黒衣が人を動かす。こんなにエッジが効いてかっこいい映画が1969年に制作され映画会社はATG、さもありなん。すごい映画を見てしまった。

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talisman

4.0真の主役は黒子たち

2024年1月28日
PCから投稿

人形浄瑠璃と歌舞伎と現代演劇を足して3で割ったような映画。ストーリーはほぼ原作通りだが、演出の斬新さ、無駄を削ぎ落とした美術と音楽の無常感、二役を演じた岩下志麻(公開時28歳、結婚3年目)の切なさと一途さが入り混じり、まったく飽きさせない。前景でセリフをしゃべる役者たちは監督に操られる人形であり、本作で物語を引っ張っていく真の主役は黒子たちである。こんな実験的な映画が映画館で公開され、しかも客が入ったというのが驚き!

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jin-inu

4.5小春に深く大幣の、腐り合うたる御しめ縄。

2021年7月24日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

DVD持ってるのに、スクリーンで観たくてユーロスペースへ。
やはり、別格の映画。ただ単にストーリーをなぞるのではなく、人形浄瑠璃の世界を損なっていない。まるで夢の中に迷い込んだような浮遊感さえあって、ふわっとぞくっとっさせられ通しだった。モノクロ映像ゆえ掻き立てられるフェチズム。むしろモノクロじゃなきゃダメだとさえ思った。
さらに常に存在する黒衣たちの役割。単に補助役として傍らにいるのではなく、だんだん、治兵衛たちがこいつらに(あたかも人形のように)操られているように見えだすのだから不思議だ。追い詰めている感さえある。そう、世間の耳目が噂話をする方向へ、方向へと追い込むように。鳥居の場面なんて、治兵衛の意志なのか黒衣という死神にされるがままなのかわからなくなった。この黒衣の演出だけで傑作の域。
そしてラストの小春のうりざね顔は魂の抜け殻のよう。それは真っ白で、目元がぐりっとして、まさしく人形浄瑠璃の娘の「かしら」そのもので、一挙に人形浄瑠璃を観ているかのような感覚に誘い込まれた。
おまけに、岩下志麻が小春とおさんの二役という奇抜さ。これは、監督からの強烈な嫌味に思えた。容姿は同じなのに、すでに手中の女(女房)には興味はわかないんだろ?、高嶺の花だからそこまで入れ込んでしまうのだろ?とでも言われているようだった。さらに勘ぐれば、仮に小春を身請けできたとしたら、どこまで貧困に喘いだとしても変わらぬ愛を貫けるのかい?とでも言いたげで。そんな問いかけを感じる。

筋は、既知。現在令和の倫理観を持ち込むことは野暮。これは、江戸の世話話なのだから。当時の人たちは、自分たちができない純愛(迷惑をかけられた側からすると腹立たしいのはさておき)を、人形に仮託して疑似体験をしていたのだろうな。だから、どれだけ治兵衛が甲斐性なしの腐った男でも、小春が女郎の誠を貫こうとも、おさんが女房の意地を見せようとも、そこを今の感覚で良し悪しをつけると、作品自体の世界感を見落とすころになる。むしろ、現代に比べようもないほど世間の義理に縛られた人間たちの、さらに言えばいい分別のついた大人の、はかない抵抗、果たすことの敵わぬ願いが、いじらしくて仕方がない。治兵衛と小春の「これで三界の身の上や。義理立てることはない。」「これで私も尼さんや。義理立てることはないわ。」のやり取り。たしかに治兵衛は、どれだけ言葉を重ねても空々しくもあるのだが、義理を立てる代償として、自死という選択しかない身の辛さよなあ。

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栗太郎