GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊のレビュー・感想・評価
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初公開から30年経った現在ではAI生成、義体も生活の一部となっており、監督の鋭い見識にただただ脱帽です。
押井守監督の傑作『イノセンス』(2004)の公開20周年を記念して4Kリマスター版が2月28日から『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)4Kリマスター版と同時で2週間限定劇場初公開。
『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995/85分)
劇場公開からもう30年、月日が経つのは本当に早いですね。
監督・押井守氏×脚本・伊藤和典氏のコンビは『うる星やつら』『機動警察パトレイバー』で心酔していたのでもちろん公開当時劇場に足を運びました。
『機動警察パトレイバー the Movie』(1989)でもまだ一般的ではないOS(オペレーティングシステム)がウイルス感染するサイバーテロ事件を描く、時代を先取りした題材でしたが、本作でも人間の電脳化や義体、それら進歩に伴うハッキングなどの事件が題材、時代の三歩先ぐらいを描き、私も何とか理解しようと背伸びしながら悪戦苦闘していましたね。
確かに作品のクオリティもですが、テーマの先見性に世界は絶賛、その後の『マトリックス』(1999)や『A.I.』(2001)にも少なからず影響を与えたと思います。
初公開から30年経った現在ではAI生成、義体も生活の一部となっており、監督の鋭い見識にただただ脱帽です。
すでに今では消えつつある香港のネオンサインで彩られた近未来の世界観や、民族音楽やガムランを重視した川井憲次氏の音楽も秀逸。
個人的には『機動警察パトレイバー the Movie』のサイバーテロや、『ブレードランナー』(1982)で描かれた製造から数年経つと感情が芽生えるレプリカント(人造人間)をさらに掘り下げた作品世界が好きですね。
日本のアニメ史上において海外に注目、評価される新次元を開いた記念碑的作品であることに間違いはありませんね。
なんという完成度のラブコメ
壮絶
優れたアニメ映画
ブレードランナーという映画やその原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」などが影響にある作品らしいが30年前に現代や近未来を予見したような内容なでアニメに現代の方が近づいて来ていると思う。
興味深いのはこれらの技術が人間に実用化されたら寿命も飛躍的に伸びるだろうし身体の機能も格段に進歩するだろう。早くても数百年後だろうけど?
それとともに様々な問題や障害、社会問題や犯罪などが起きてくるだろう。
サイボーグ化された義体や脳とコンピューターがネットを介して繋がった電脳化などで未来社会は大変革が起きることだろう。やはりマスク見たいのが出てきて
経済で一部の富裕層が蹂躙してるのだろうか?
そいつらが義体化や電脳化で商品開発でも優位に立っているのかもしれない。貧富の差もさらに酷いかもしれないし戦争の道具としても使われる恐怖もある。
アニメの重要な概念ghostはケストラーの(機械の中の幽霊)に原作者の士郎正宗がインスピレーションを得たようでライルのデカルト批判が基になっているそうだ。
ghostとは
大事な決断や事前にかつその場でする最高の方法を本能的に判断する直観力をゴーストと呼び機械から独立した思考をする回路である。自我や無意織的表象などの概念で自分の本性で行動する察知する感覚や本能を持つらしい。
映画ではラストまでいろいろ考えさせてくれる楽しさがある哲学的なラブストーリーのアニメ。台詞も深い意味があるので何度観ても面白く観れそうだ。
テーマは、タイトルから甲殻の中に魂は宿るのか? 素子のように脳だけ...
非常に哲学的
人から勧められて読み始めた原作漫画「攻殻機動隊」。……わっかんねwwwちっともわっかんねwwww「よく分からんくて途中までしか読んでないー💦」と言うと「え?あれをちゃんと理解しようとしたの?うわーwww」……。うわーwじゃないよ!なんで勧めたんだよ!💢どうやら私がAKIRAだのBLAME!だのが好きって言ったから、似たような雰囲気を楽しんで♥ってことだったらしい…。
確かに雰囲気は楽しめました。でも、どうしても理解不能な情報が洪水の如く溢れ押し寄せてくるので頭がパンクしてしまいます。そこで、「アニメならどうだ?漫画で分からなかったことが分かるんじゃあないか?」と思い早速観ることに。ええ、悪足搔きをしたのです。
うん。わからんw光学……だめだ、もう思い出せないwwwでも世界観は凄い!漫画以上に分かりやすく、街並みの風景なんかは圧倒的です。ディストピア的でサイバーパンクで…このへんの言葉の意味も実はよくわかっていないwww
そして戦闘シーンで透明になったりするあれ!光学……うん!あれ!(笑)アニメではこう表現されるのか!と感心しました。漫画ではもう少しコミカルに描かれていたキャラクター達はかなりシリアスな雰囲気。声優さん達(超豪華!)の名演も作品の世界観にハマっていて素晴らしい。
本作の本題は、生命のアイデンティティとは?ということでしょうか。生命を生命たらしめるものとは?「個人」とは記憶によって形成されるものなのか?ありもしない記憶を埋め込まれた人間にとっての現実とは?非常に興味深い問いです。
私にはちょっと難し過ぎたかな…。電脳……義体……?ぼ、防壁…?……(?_?)それでも、難しい言葉に惑わされつつも、最高にクールな世界観を楽しめました。哲学的な問いもとても印象的。
漫画……やっぱり最後まで読みます(;´∀`)
アニメの常識を覆した一作
緻密に描き込まれた都市の風景、重厚感のあるアクション、そして何より「魂(ゴースト)」とは何かという根源的な問い。
これらを圧倒的なクオリティで映像化した、まさにアニメという表現方法の一つの到達点です。
今となってはなぜ公開直後に見に行ったのかよくわからない。10代前半で、ちょうどエヴァの初放送を見ている最中だったが、この作品に先に触れていたからこそ、エヴァのあの捻くれた内容にも耐性ができていたのかもしれない。
物語の全てを理解できたわけではないが、あの独特な雰囲気と映像美、そして「自分とは何か」という問いに、ただただ圧倒された記憶があります。
物語のエンターテイメント性よりも、哲学的な問いかけに重きを置いているため、人を選ぶ作品であることは間違いないですが、それが本作を唯一無二の存在にしています。
単なるアクションやSFという枠には到底収まらない、アニメの新たな可能性を示した傑作であり、この作品以降、本格的にアニメを見始めることになりました。
マトリックスへの影響大
マトリックス三部作が、最高の映画と思っている者なので、後頭部に線を繋ぐアイディア、ビルから垂直に落下する女性など、これこれって思って見た。今後、人体に様々なものを埋め込んだり、機器と合体させたりする時代が到来すると思われるので、刺激的なアニメだった。AIの発達も急速でシンギュラリティまで、あと数年ともいわれているからのストーリーか。
でも、自分は、人間の感情的な揺らぎやら、気分ってやつは、AIで如何に学習させるにしても、本物の人間との間には、かなりの隔たりがあるのではって思っている。
でも、なんで攻殻機動隊の草薙素子とか擬態は、女型なのかなって思った。(興味をそそるためなのか。)中性的な存在にするべきではと思うのだが。
テーマとして提示するものは大きいが、深堀りできていない感じが残った。
初めての鑑賞はIMAX
【士郎正宗のSF漫画『攻殻機動隊』のサイバーパンク的世界観を、押井守が独自解釈を織り込んで描いた作品。幻想的なメインテーマも作品に趣を与えている。30年前の作品とは思えない先鋭的SF作品でもある。】
ー 士郎正宗のSF漫画『攻殻機動隊』自体が近未来のサイバーパンク的世界観をハードSF的アイディアを融合させ、作り上げたモノであり、作品自体が難解であるが面白い。
漫画のコマの脇に細かく書かれた士郎正宗のコメントまで読むと、大変な事になるのである。-
・尚、スカーレット・ヨハンソン主演の「ゴースト・イン・ザ・シェル」は世間的評価は低いが私は好きな作品である。
<今作は、士郎正宗のサイバーパンク的世界観を、押井守が独自の解釈やアイディアを入れ込んで制作した作品である。
唯我独尊的拘りを持つ漫画家と、同じく唯我独尊的拘りを持つ映像作家が産み出した作品であり、その不可思議なるアジアンテイストが”ブレードランナー”ではないが、アメリカのSF好きに受け入れられた作品でもある。>
全てのアニメーションを並べても頭1つ抜きん出てる
マトリックスに多大な影響を与えた作品として 知っていて、 実際に見...
これを見ないでマトリックス観るとか笑える
かの時には我が知られたる如く全く知るべし
紛れもない傑作。リアルだし面白いし美しいし斬新だし知的で論理的で…深い。
冒頭の外交官射殺でいきなり少佐がヌードになったのには、おいおいと思ったが、その後のハッカー追跡シーンで、
ジャンプした少佐がビル屋上に着地すると、鉄板が衝撃に捲れ上がるところ
ビルとビルの間の路地で水底にでもいるかのようなBGMの下、ハッカーが走り続けるシーン
…などでいっきに魅せられてしまった。
面白さのあまり何度も何度も観て、ふと考えると実は内容をあまり理解できていないことに気づいた。
さまざまな省略や謎めかし、仄かしに満ちた作品だし、原作で周知らしい知識がないと分からないところもあり、謎は枚挙に暇がない。
中でも最大の謎は、アイデンティティの希薄化に悩まされている少佐が電脳知性体と一体化して、アイデンティティそのものを譲り渡してしまった箇所だ。
新たな生命体の中で、少佐のアイデンティティはどうなったか、少なくとも本作の中では示されていない。
電脳生命体と一体化したから、新たなアイデンティティを獲得して悩みから解放された、ではあまりにイージーではないか。
それに、これではボート遊びのシーンの幻聴や、最後の少佐のセリフの意味に齟齬が生じてしまう。
つまり、本作では新約聖書コリント前書第13章の引用があるが、これを前後関係を整理して並べると、次のようになる。
「われ童子の時は語ることも童子のごとく、思うことも童子の如く、論ずる事も童子の如きなりしが、人と成りては童子のことを棄てたり」
「今われらは鏡をもて見るごとく見るところ朧なり」
これだけでは、成人したので子供の悩みはなくなった。しかし、まだ朧気にしか見えないとなり、問題が解決したように見えないのである。
恐らく押井は、本作のテーマに付いて来たいなら、あとは自分で調べなさいと言っている。
…そう、答えはそこに見つかるのだ。
コリント前書の引用された言葉の後には、次の文言が用意されていた。
「然れど、かの時には顔を対せて相見ん。今わが知るところ全からず、然れど、かの時には我が知られたる如く全く知るべし」
ここにたどり着いた時、押井は全面的なアイデンティティの相互了解、つまり少佐の悩みが完全に解消されたことを暗示して本作を終えたと知った。少佐には間違いなく「かの時」が訪れたはずである。
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