「衝撃的な事件を題材にした新藤監督独自の崩壊する家庭愛憎劇」絞殺 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
衝撃的な事件を題材にした新藤監督独自の崩壊する家庭愛憎劇
高度成長の経済大国日本の現状は、外面上の発展とは裏腹に多くの問題を抱えている。簡単に言えば、肉体の栄養と精神の充実が矛盾した社会世相である。それが個人の次元で注目すべきは、家族の崩壊と、個人主義が利己主義に陥る教育の問題である。その意味でクローズアップされた事件があった。2年前に起こった開成高校生殺人事件である。進学校の高校生が家庭内暴力で両親に反抗、このままでは自分が殺されると恐れ追い込まれた父親がひとり息子を絞殺するという悲劇だった。しかも、一度は父親の犯行を是認した母親が、息子を返せと書き遺して自殺してしまう痛ましい連鎖が続いた。この事件に触発された新藤監督が創作した問題作である。この複雑で難解な問題をどう描いたのか、無関心では見学できなかった。
ところが予想とは違って、新藤監督が描きたかったのは、一人息子を想う母親の母性愛であり、そこには近親相姦の色合いの強い親子関係が大部分を占めていた。社会問題としての主張はなく、新藤監督が得意とする母子関係の愛憎劇の切り口は妥当であると言えるかも知れない。その為に、あくまで特殊な事件の個人的見解の表現に終わってしまう結果になった。
ドラマの創作としては、主人公勉の恋人が重要な役割を果たす。彼女は連れ子で養父の家に来るが、実母が亡くなり養父と二人だけの生活になる。そこでは肉体関係が強制され、その苦しみに耐えかねて彼女は自殺をしてしまう。口では奇麗ごとを言いながら、蔭では汚いことをする大人に対する、繊細で未成熟な多感期にある少女のどうしようもない抵抗が、そこにある。勉が突然に暴力を振るうようになった原因の一つになってしまった。勉の父は祖父の遺産で人並み以上の生活を享受してきたが、他人には冷たく思いやりに欠ける教育者である。勉はそんな父を侮蔑し、こんな男に従うように生きてきた母親に憐みを感じる。それは異常な愛情表現に形を変える。ギリシャ古典悲劇のような脚色である。
結局のところ、新藤監督の個性的な演出は面白く仕上がっていた。勉が恋人と雪国に旅して、白い平原で性体験するユニークなシーンや、子供時代の幸せな時間のフラッシュバックは綺麗にまとまっている。難しい題材の新藤監督の個性的解釈の力作である。演技面では乙羽信子の熱演が見事。ただし、社会的視野の見解が弱いので評価はそれほど高くは出来ない。
1979年 12月6日 飯田橋佳作座