「ピアフの人生の切り取り方はこれで?」エディット・ピアフ 愛の讃歌 佐藤睦雄さんの映画レビュー(感想・評価)
ピアフの人生の切り取り方はこれで?
マリア・カラス、ビリー・ホリディ、美空ひばり。ジャンルは違えど歌姫の波瀾の生涯は“白鳥の歌(遺作)”とともに記憶に残る。シャンソン歌手ピアフの栄光と挫折を丹念につむいだオリヴィエ・アダンの演出は冷徹なまでに彼女の“美醜”を露わにする。主演のマリオン・コティアールの化けっぷりに驚嘆だ。日本が誇る永田鉄男のカメラに注目。 最愛の男を失った悲しみを込めて歌う「愛の讃歌」や、自分の過去を後悔していないと歌う“白鳥の歌”「水に流して」の歌詞が胸に沁みる(ひばりの「川の流れのように」のように!)。
だが、ピアフの人生を描く時、はたしてこれでいいのか? という疑問が湧く。晩年のピアフはまるで「道」のジュリエッタ・マシーナのような道化顔(ピエロ)だ。醜すぎるのだ。脚本の構成上、“影”の部分にばかり目を向けて、2時間20分は長すぎる。陰々滅々とした話にしか感じられない。“ハレ(光)”の部分が少ないのが原因だろう。「私の回転木馬」のような快調なシャンソンをもっと入れて、全盛期を輝かせるべきではなかったか。ピアフの人生ならば、3時間でも短いぐらいだもの。
マーティン・スコセッシ監督だって伝記映画を描くのに、成功と失敗はある。ジェイク・ラモッタを描いた『レイジング・ブル』ではボクサー時代と晩年だけに絞って中間をすっ飛ばした。ハワード・ヒューズを描いた『アビエイター』では少年期と後半生を削った。
この映画はとてつもなく素晴らしい題材(ピアフ)だが、“光”が弱く“影”が際立ってこないのが、とても惜しい。
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