劇場公開日 2007年8月4日

怪談 : インタビュー

2007年8月6日更新

中田秀夫監督インタビュー

――主人公・新吉役の尾上菊之助さんは「近松物語」(54・溝口健二監督)の長谷川一夫のようでしたね。

往年の大スターを思わせる尾上菊之助
往年の大スターを思わせる尾上菊之助

「別に長谷川一夫さんを意識したわけではないのですが、クランクインしてすぐに、新吉が豊志賀(黒木瞳)の家の軒先で雨宿りをするシーンを撮ったんです。そのシーンは豊志賀と新吉が会話を交わすうちに、雨が雪に変わるという技術的には結構大変なシーンだったんですが、そこで、『あ、雪だ』と空を見上げた豊志賀を流し目で見る菊之助さんにゾクッときたんですね。そのとき、僕は菊之助さんに対して『お前は長谷川一夫か!』って思いながら彼の表情を見ていたんです(笑)。やっぱり端正だし、子供の時から歌舞伎で鍛えられていて、しかも女形を演じてきた方が多いと思うので、そういうのが身についていると思うのですが、とにかく艶っぽいんですよ。長谷川さんも若い頃女形をやっていたと思うし、女形をやってきたことで培われた妖しげな魅力を強く感じましたね。今回菊之助さんは映画初主演だったんですが、すでに映画スターの風格がありました。これからもっと映画の仕事をやっていくと思いますが、大スターになると思いますよ。特に時代劇をやって欲しいと思いますが(笑)」

――50~60年代の日本映画黄金時代に近づきたいという思いが強く感じられました。

「一瀬プロデューサーもそうですけど、やっぱり僕もそういう映画を見て育ってきたので、自分たちが吸収してきたものをどんどん吐き出していきたいんですね。それが若い人たちにも届けばいいなと思うんです。今、時代劇がカムバックしてきていると思いますが、これはとてもいいことだと思います。今回、僕を含めてほとんどのスタッフたちは初めての時代劇で、緊張感も不安もありましたけど、時代劇を作る愉しさや良さを感じましたね。ストーリーの話をすると、人間関係がすごくスッキリするんです。江戸時代は携帯電話や車など、便利な物がないですから、男女の別れ一つとっても、現代とは全く違う感覚になるんですね。今だったら、喧嘩して分かれても携帯電話で『さっきはゴメン』といえば、その別れもなし崩しになるし、劇中で江戸から羽生へ旅立つ新吉にしても、江戸時代なら普通の人が江戸から一歩出るということは、ほとんど一生の別れになりますが、現代なら車で1時間くらいの距離ですからね。そういった意味で、現代の道具を排除出来るから、人と人の間にある『壁』や『情念』がくっきりと浮かび上がりやすくなるんです。『近松物語』なんかでは溝口監督がそういった『壁』や『情念』を存分に描き出してますよね」

男女の情愛も時代劇ならではの感覚が生まれる
男女の情愛も時代劇ならではの感覚が生まれる

――監督自身はホラーの監督といわれるのは、あまり好きではないんですよね?

「別に嫌いではないですよ(笑)。それは、他のジャンルの映画と比べて『リング』シリーズ、『仄暗い水の底から』がヒットしているから、日本、アメリカ、ヨーロッパでも『Jホラーの中田』ということになっているんだと思います。僕自身はとても心配性で、いつも不安とともに生きているんです。細かいことでも、凄く気になるくらい心配性なんです(笑)。そういうのが、ホラー演出の資質としてはいいのかもしれませんよね。だから、ホラーだけじゃなくて、サスペンスでもいいかもしれません」

――ハリウッドで「ザ・リング2」(米配給:ドリームワークス)を作った後での、5年ぶりの日本映画はいかがでしたか?

中田監督が日本の撮影を楽しんだ「怪談」
中田監督が日本の撮影を楽しんだ「怪談」

「多めに時間をもらった『怪談』が少し特殊な例だったのかもしれないですけど、監督の政治力、権力が違いますよね。ルーカス、スピルバーグ、ピーター・ジャクソンあたりのクラスであれば、あらゆる権利を持って好きに撮れるわけです。だけど、僕なんかはハリウッドでは新人監督ですから、ファイナルカット権なんかもちろん無いし、色んなところでスタジオとの軋轢じゃないですけど、面倒なことはありました。実際、1回ノイローゼになりかけましたね(笑)。ハリウッドだと、監督は、会社組織でいうところの部長くらいなんです。それに、映画自体が工業製品のような感じなんですよね。自動車作りみたいな。監督は映画の設計者ではあるけど、市場に出す時点での『最終形はこれだ!』という決定権はないんです。テスト走行=テスト試写を繰り返し、重役たちに『ああしろ、こうしろ』と言われ、商品になっていくんです。これは産業として大きいからそうなるんですけど、『お客様は神様』という思想が徹底しているんですね。だから、作家性なんて試写を繰り返すうちにどんどん無くなっていくんです。そういう意味で、日本に帰ってきて、少なくとも撮影現場で主導権を握っているっていう感覚はやっぱり心地よかったですよね」

――今度は一瀬プロデューサーと一緒にハリウッドで撮れるといいですね。

「そうですね。『Entity』のリメイクを含めて2~3本一緒に考えている企画があるんで、実現させたいです」

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