「負け犬の定義」リトル・ミス・サンシャイン ジョニーデブさんの映画レビュー(感想・評価)
負け犬の定義
一般的な評価が高く、人によってはその人のベストムービーに挙げている位の映画なのに、自分の心には全く響かない映画が時々あるが、この映画はそのうちの1つ。
結局みんな負け犬じゃん、と思ってしまう自分は、この映画の良さを理解できなかったのだと思う。
オリーブ役の少女は翌年、幸せのレシピで、この映画とは対照的に無口な役を好演している。実際、幸せレシピを先に見て、この少女のことが気になって、この映画を見ることになった。
家族愛が大切だっていうことはわかったが、結局みんな勝ち組になれず、負け犬になってしまったんだよね。
一見、家族の絆が深まってハッピーエンドだけれど、これからみんなどうするんだって、そっちのほうを心配してしまう。
ミスコンに優勝して、唯一の勝ち組となったオリーブを中心に、他の家族たちも父親の9つのセオリーを実践すれば夢は実現するという自信を与える方向に進むべきではなかったか。父親のほうも、優勝した娘の父親が提唱する9つのセオリーというのが具現化されたと言うことで話題になり、彼の啓発本の出版が具体化するという方向を期待していたのだが。
あれだけの困難を切り抜け、家族一致団結してやっとミスコンへの出場に至ったのに、何か虚しさを拭えない。
そもそもミスコンでのオリーブのパフォーマンスも学芸会レベルでひどかったし、家族がステージに上がるのはミスコン自体をぶち壊している。ミスコン自体、オリーブ以外の出演者をあえて大人顔負けの派手目のメイキャップにしているのに対し、オリーブがいかにも純粋で素朴な感じを出している演出だったが、あまりにもわざとらしい。
何か、わざとみんなを負け犬にしているような気さえしてくる。
兄も、途中で自分の努力ではどうすることもできない身体的欠陥によって飛行士の夢をあきらめざるを得なかったのも、いかに努力しても実現できない夢もあるんだよと言いたいのか?それはちょっと切なすぎないか。
あと、おじいちゃんを途中で死なせる設定もどうかなと思う。それと良いおじいちゃんだけれど、麻薬常習犯としたり、女性へのセックスの考え等があまりにも不道徳的な考えの持ち主であったりして、良いおじいちゃんと言う設定が台無しになっている。
車ばかりか、乗っている家族も全員壊れているという設定でしたよねー
確かに「ギャグコメディの顔をした反社会的サイケデリックムービー」と言えなくもないかもしれません。
僕はこの映画の後先考えぬ“焼け糞感”は嫌いではないし、この映画を嫌う(笑)ジョニーデブさんのことも嫌いではないです。
いつもたくさんのレスポンスありがとうございます
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