劇場公開日 2025年4月4日

「岩井俊二は長篇デビュー作から岩井ワールド全開だった そしてそこには中山美穂」Love Letter Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0岩井俊二は長篇デビュー作から岩井ワールド全開だった そしてそこには中山美穂

2025年4月4日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

表現者の中には、自分の個人的な署名のようなものをその作品に滑り込ませるのに長けている人たちがいます。ポール•マッカートニーや吉田拓郎のつくった曲を聴いたオールド•ファンは、たとえ別の歌手が歌っていても「あ、これ、ポールだな」「あ、これ、拓郎だな」と懐かしさにも似た気持ちを抱きながら、たちどころにその個人的な署名に気づきます。雪の中を立ち上がった中山美穂は黒いコートについた雪をはらい、一面に降り積もった雪の中、丘を下ってゆきます。白の中、遠ざかってゆく黒ーーそんな、スクリーンで展開されるタイトルバックを見て、公開30周年記念再上映に詰めかけたオールド•ファンのあなたは長い息を吐きながら(ひょっとしたら目を潤ませながら)、思うのです。「あ、これ、岩井俊二だな」

物語は雪の中で行われた三回忌法要のシーンから始まります。かつてのフィアンセの墓の前で手を合わせる中山美穂が美しい。ここであなたは参列者の多くが関西アクセントで話しているのに気づきます。そこでふるまわれる甘酒。法要後の酒宴を嫌って仮病で抜け出した、(義母になるはずだった)加賀まりこを中山美穂が車で送ります。車には神戸ナンバー。「そうだ、神戸だったな」とあなたは思い出します。家に着くと、雛壇飾りが雛人形を並べていない状態で放置されています。加賀まりこの言い訳や先ほどの甘酒であなたは今日が雛祭りの日であることに気づきます。え、三月三日に三回忌。そんな日に神戸に降った珍しい雪。山で亡くなったフィアンセの卒業アルバムを開けば、そこにあるのは、神戸よりはるかに雪に縁があると思われる小樽という地名、そして、冬山の雪の中、すっくと立つ木々を思わせる「樹」という名。ここであなたは思わず呟いてしまうかもしれません。「あ、やっぱり、岩井俊二……」

そして物語は進み、あなたは技巧を凝らした美しい手品のような岩井マジックの世界に酔いしれてゆきます。思わず「私は元気です」とひとりごちて、こうして健康で映画館に通えることに感謝したりもします。

やがて、あなたに舞い降りていた映画の天使は翼を広げ、帰り支度を始めます。そして、あなたはちょっぴり潤んだ目を閉じ、序盤の法要のシーンであの人が亡きフィアンセに向かってそうしていたように、エンドロールの流れるスクリーンに向かって、両の手を胸の前でそっと合わせるのです。

合掌。

Freddie3v
PR U-NEXTで本編を観る