「アラン・パーカーの演出力が冴えわたる恐怖映画のリアリティ」ミッドナイト・エクスプレス Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
アラン・パーカーの演出力が冴えわたる恐怖映画のリアリティ
脱獄映画のジャンルではあるが、これまでのものとは毛色の変わった力作である。その範疇に止まらない政治的背景のリアリティと、主人公が何の変哲もない極普通の青年であることの身近な現実感が重く圧し掛かる。監督のアラン・パーカーの第二作にして、個性の確立した演出力に目を見張るべき映画として讃えられよう。
1970年代のトルコの政治情勢を少し頭に入れて鑑賞しないと、主人公が置かれている状況は理解できない。麻薬の密輸国としての汚名を除くべく、密輸者の罪を見せしめに重くしていた法の解釈と施行。トルコとアメリカ合衆国の国際交流の不和。そして、ゲリラによる爆弾テロが影響する国の孤立化。そんな時勢に無関心な主人公ビリー・ヘイズは、2キロのハシシを躰に巻き付け母国アメリカに運び出そうとする。彼が飛行場で官憲に逮捕されるところが面白い。ビリーが隠しているものが爆弾とみてピストルを向け身構えた彼らが、麻薬と知って安堵の笑い声を上げる。しかし、物語は想像を超えた理不尽で不条理な世界へと進展していく。
ビリーは自分が犯した罪を大したものとは考えていない。そのギャップに理性を保てず、さも大罪のように扱われるところがショッキングである。そのリアルな表現は、パーカーの演出で端的に描かれている。カメラアングルの単一的な凝視力が、ここでは生々しい効果を生んでいるといって良い。カメラワークも含め絵的に味わい深いものではないが、メッセージが明確な表現力で押し通している。また、脱出のスリルを狙った娯楽映画の面白さともかけ離れている。裁判が政局に左右されて、ビリーに刑期30年の判決が下されるところが、恐怖映画のように感じられるのもこの映画の特徴を示す。
刑務所にいる囚人のキャラクターも其々リアリティがあり丁寧な演出だ。強靭な体格をした看守長の暴力行為は少し過剰表現と見たが、主人公の視点に立った恐怖映画とみれば納得のいく演出であるだろう。また、ビリーの父親と恋人の登場で、アメリカ人の生活感を上手く出している。特に恋人スーザンとの精神病棟での再会場面は強烈な印象を残す。今まで観たことない表現が成されていた。囚人仲間エリックとの同性愛行為も、今日のアメリカ映画の側面を如実に表している。牢獄生活の男たちのもがきが、性的に率直に描かれた真実味がある。
脱獄映画の面白さの通俗性に陥らず、また青春映画のような甘さを一切省いて、主人公が遭遇した恐怖の牢獄生活をリアリティ極めたタッチで描き通した、その意味において立派な作品であると思う。
1979年 1月27日 銀座文化2