「地上に降りた天使」ベルリン・天使の詩 sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
地上に降りた天使
「子供が子供だった時」の印象的なモノローグから始まる詩的で哲学的なヴィム・ベンダース監督の傑作。
塔の上から中年男性の姿をした天使が町を見下ろしている。この世界の天使は皆中年男性の姿をしている。
彼らの姿は子供の目にしか映らない。町には様々な人々の心の声が溢れているが、そのほとんどが人生に対する不満や不安だ。
天使たちはそんな不安定な人々の心に寄り添う。
人生に絶望した者の中には天使が触れただけで希望を取り戻すものもいるが、基本的に天使は人に触れることは出来ないため、自殺する人間を物理的に止めることは出来ない。
天使の起源は分からないが、どうやら彼らは人類が生まれる前から天使の姿をしてこの世界を見守っていたらしい。
天使は永遠の命を持ち、どこにでも行くことが出来る。
しかし守護天使ダミエルは、そんな永遠の時を生きることよりも、重さを持った存在として大地に縛り付けられる生き方を選びたいと願う。それはきっと気持ちのいい生き方だろうと。
対して友人であるカシエルはダミエルに、真摯に、人間の世界とは距離を保ち、ただ見守り言葉を紡ぐだけの存在でいようと諭す。
人間の大人には天使の姿は見えないが、どこかにその存在を感じることは出来る。天使の存在に救われる人間も多い。だからこの世界で天使の果たす役割は大きい。
ある日ダミエルはサーカス小屋で天使の羽をつけた空中ブランコ乗りのマリオンに恋をする。サーカス小屋は解散が決まっており、マリオンはこれからの行く先を思案する。彼女の側に寄り添うダミエルは、そんな彼女の存在を愛おしく感じる。
ベルリンの街に『刑事コロンボ』でお馴染みの俳優ピーター・フォークが撮影のために訪れていた。
露店でコーヒーを飲む彼は側にいるダミエルの存在に気づく。姿は見えていないが彼はダミエルのいる方に手を差し出し、こちらの世界へと彼を誘う。
ついにダミエルはカシエルに別れを告げ、人間として生きる決心をする。
ダミエルが人間になった後のカラフルな映像がとても美しく感じた。
白黒の世界を生きてきたダミエルは初めて世界が彩りに溢れていることを知る。
初めて目にする血の色、そして初めて味わうコーヒーの味。
あれほど人々の不満や不安の声を聞き続けていたのに、ダミエルにとっては人間の世界は全て愛おしく、そして輝きに満ちている。
やがてピーターと再開したダミエルは、彼も元は天使だったことを知る。
この世界の全てを知りたいと教えを乞うダミエルに、ピーターは自分の目で確かめるように諭す。この世界は面白いものだと。
天使の時とは違ってダミエルは自由にマリオンの元に行くことは出来ない。
彼はベルリンの街をマリオンを求めて彷徨う。
そんなダミエルの姿をカシエルは静かに静かに見守る。
カシエルはピーターが差し出す手を握ろうともしなかった。彼は忠実に天使の役目を果たすだけだ。一見冷たく感じるカシエルだが、実は人間の心に寄り添おうとする気持ちはダミエルにも負けていない。
ピーターの撮影現場に入り浸っていたのもカシエルの方だった。
ニック・ケイブのライブ会場でダミエル、マリオン、カシエルそれぞれの視点が交差するシーンは印象的だった。
そしてマリオンは姿こそ見えていなかったが、ダミエルの存在をしっかりと認識していた。
二人は運命に導かれるように結ばれていく。
ビジュアルとしても鮮明に脳裏に焼き付く作品であり、やや哲学的で難しい台詞もあるが、とてもロマンチックな物語だと思った。
ところどころに戦争の爪痕が残るベルリンの街並みの映像も印象的だった。