劇場公開日 2009年6月20日

「驚愕の山岳映像なのだけれど、人物描写が足らなくて淡々としてしまったところが惜しいです。」劔岳 点の記 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5驚愕の山岳映像なのだけれど、人物描写が足らなくて淡々としてしまったところが惜しいです。

2009年6月25日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 昨年の完成ラッシュの感想通り、驚愕の映像でした。
 冒頭の劔岳山麓の紅葉シーンは、山の頂上まで紅葉が登り詰めていて、息をのむ美しさです。立山連峰を仰ぐ映像は、一つ一つの山々のカットが重厚で神々しく映し出されていました。映像から推察される撮影位置から、撮影隊の困難さが忍ばれます。

 本作は、ドキュメンタリーのように自然現象とも格闘していました。春から始まる本番の登頂シーンでは、山頂に近づくほど冬景色となります。吹雪の中でも登り続けるシーンや低気圧の通過で、考えられないような暴風雨のなかを出演者もスタッフも耐えながら撮影したシーンに感動しました。どうしてそうまでして映画に取り組むのかと。

 それだけではありません。松田龍平は、雪崩のシーンで数メートルも穴のなかに実際に埋められてしまったり、劔岳南壁では、崖から墜落し、雪原を滑落していくシーンに挑戦していました。仲村トオルも、雪の崖から足を滑らし、ロープ一本にしがみつき助け出されるというシーンなど全編を通じて、危険なシーンが多々あり、よく無事で帰ってこられたものであると驚きました。

 映像面ではもうしない分、ストーリーでは人間の喜怒哀楽がセーブされてしまったキライがあります。
 何しろ中心人物の柴崎が寡黙な男なので、感情移入しづらかったのです。劔岳征服を競わされている日本山学会の一行にも淡々とした態度で、ライバル心のかけらも見せません。
 宮﨑あおいが演じる柴崎の妻葉津よがとても甲斐甲斐しく、そっと夫に気付かれぬようお守りを登山リュックに忍ばせるなど、夫を慕う心情がとても良かっただけに、もう少し夫婦の葛藤を描いても良かったのではないでしょうか。
 命の危険もある登山であるのに、裏庭にピクニックでも行ってくるかのように、無表情に柴崎は劔岳を目指すのです。葉津よが不安がるところがないのは、チョット考えられませんね。
 カメラマン上がりの木村監督は、もう撮影に一杯一杯で、心理描写まで気持ちが回らなかったのではないでしょうか。

 長治郎の葛藤も不十分でした。測量隊が山岳信仰の中心地を汚す行為だと非難する村人や行者の抗議の声を強調しておけば、息子との不和の理由がよく見えてきたことでしょう。でも、その息子からの手紙で、オヤジの仕事として認めてくれたとき流す、長治郎の涙には、ホロリときました。
 どんな子供も親の背中を見て育つのでしょうか。
 ホワイトアウトになって、吹雪で行く手が閉ざされても、登山者のためにベストを尽くそうとする長治郎の人間味に惚れました。香川照之の熱演ぶりは実良かったです。

 さてストーリーのキモとして、陸軍の直轄の陸地測量部で唯一残った立山連峰の三角点設置に取り組むという内容。けれども軍部は、地図の作成よりも、山岳会に劔岳の初登頂を超されたくないというメンツで、柴崎に登頂を厳命します。
 そのためストーリーでは、想像を絶する苦難のなかで柴崎はなんども、何のために地図を作るのか、その理由を求めて、苦悩します。
 名誉とか対面とか、そうした計らい心を満たす目的でなく、何のために為そうとするのか志を問えという、先輩測量者の励ましは、柴崎だけでなく見ている観客にも、深く考えさせるテーマになっていました。あれだけ過酷な映像を見せつけられると、見ている方も、何であそこまでして地図を作らなければならないのかとため息が出そうです。

 柴崎を心強くしたのは、山岳会のリーダー小島のメッセージでした。ともに劔岳の登頂の厳しさに直面するなかで、ただ上るだけの自分たちに比べて、測量という使命を背負った柴崎たちに深い敬意を示すのです。
 そんな山岳会のメンバーに手旗信号で君たちも仲間だと伝えるラストシーンにジンときました。

 とにかく200日も劔岳に閉じ込められて、こんな映像を取ったこと自体に感動してしまう凄い作品です。出演者たちの苦行ぶりを目に焼き付けるだけでも、CG慣れしてしてしまった映画ファンの目から鱗が落とせることでしょう。

流山の小地蔵